めまぐるしい変化を見せる国際情勢において、その変化のスピードは日々増していくばかり。いま、世界ではいったい何が起きているのか。元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏が解説する。

――9月29日、トランプ米大統領は、ホワイトハウスでイスラエルのネタニヤフ首相と会談し、イスラエルとハマスの停戦に向けた和平案に合意しました。ハマスが拘束している人質全員を解放するのにあわせて、イスラエル軍が段階的に撤退するとの和平案です。10月3日、ハマスは、人質全員解放に応じる和平案に基本的に合意するが、武装解除に応じるのは難しいという声明を発表しました。今後、どうなるのでしょうか。

佐藤:和平案にハマスが合意するか否かは今後の事態にたいした影響を与えないと私は見ています。なぜなら、ハマスに対するネタニヤフ首相の方針に変化がないからです。

 シナリオは2つしかありません。

 第一のシナリオは、ハマスが人質を解放した場合です。イスラエル軍は直ちに全力でハマス壊滅作戦を展開することになります。

 第二のシナリオは、ハマスが和平案を拒否した場合です。イスラエル軍は、人質奪還作選を展開しながら、ハマスを壊滅させることになります。

 

――ネタニヤフ政権の下では、ハマス完全壊滅という目標に変更はないということですね。

佐藤:その通りです。現在、イスラエル軍がガザで展開している作戦は、軍事的に必要のないものです。既にハマスに対して、イスラエルは軍事的に勝利しています。ハマスの戦闘員が今もガザにいることは事実ですが、掃討作戦を続ければ、戦闘員でない多くのパレスチナ人が死傷します。ただし、ネタニヤフ首相は、戦闘が終了すれば、刑事事件の被告人として、自身と妻と息子が拘束されます。それを避けようとするネタニヤフ家のために戦争が続いているのです。国民の大多数は、ネタニヤフは一日も早く権力を去るべきと考えています。

 

――ひどい状況じゃないですか。

佐藤:ご指摘の通り、ひどい状況です。ネタニヤフ氏は、軍事力による勝利という美酒に酔ってしまい、内政も力で押し切れると勘違いしています。ユダヤ人とイスラエル国家をテロや武力によって消滅させようとするハマスのような組織に対して、イスラエルが生存権のために戦うのは当然です。しかし、それとネタニヤフ家の生存権を混同してはなりません。現状ではトランプ米大統領の圧力のみがネタニヤフ氏に影響を与えることができます。(2025年10月6日脱稿)

佐藤優(さとう・まさる)
元外務省主任分析官、作家。同志社大学大学院神学研究科修士課程修了後、外務省入省。95年より外務省国際情報局分析第一課勤務。対ロシア外交の最前線で活躍し、「外務省のラスプーチン」の異名をとる。2002年5月に背任容疑で逮捕され、09年に最高裁で有罪判決が確定し失職。著書多数。