第1回と第2回WBCで連覇に貢献した渡辺俊介氏。第1回大会では計3度当たった韓国戦で、2度の先発マウンドを務めたサブマリンが語る初優勝時の秘話とは。

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 あのときの韓国戦は1戦目、2戦目とも、それなりに抑えはしたが、結果的には勝てなくて。

 ただ、次戦に向けての記者会見で“今日の俊介のようなテンポのいい投球を目指す”と言ってくれた上原(浩治)さんが、3日後の準決勝では、それ以上の“勝てる投球”をしてくれた。

 今、振り返ってみると、あの試合は日本に連勝して“3度目も勝たなきゃいけない”となっていた韓国のほうが、心理的にもプレッシャーはかかっていたんじゃないかって気がします。

 それと、やっぱり“世紀の大誤審”と騒がれたボブ・デービッドソン球審の存在ですよね。

 アメリカが勝てば予選敗退だった日本にとって、第2ラウンドのアメリカ対メキシコ戦で、(メキシコの先頭打者が放った)ポール直撃ホームランが二塁打になった、あの“誤審”は、まさに奇跡。

 あれでスイッチが入ったメキシコが奮起してくれたおかげで、日本は首の皮一枚つながりましたからね。

 前回大会では大谷(翔平)の“憧れるのはやめましょう”が話題になりましたが、第2ラウンドの日本対アメリカ戦では、ケン・グリフィーJr.やA・ロッド、ジーターといった面々に僕らが憧れのまなざしを向けていた。

 それを見て、イチローさんが試合前に選手だけを集めて円陣を組み、“俺たちの野球のほうが絶対に上だし、勝てるから”って。それで自身は直後に先頭打者ホームランですから、あれには本当にシビれました。

 第1回は特に、メジャー経験者がまだイチローさんと大塚(晶則)さんしかいなくて、僕らも初めて尽くしだっただけに、精神的支柱としてのイチローさんの存在は、やっぱりすごく大きかったです。

 監督の王(貞治)さんも“途中で行かせたりしないから、安心して先発の準備に専念すればいいよ”と、なるべく僕らに負担がかからないよう、選手ファーストの環境づくりをしてくれて。そういう部分では本当にやりやすかったです。

 采配面でも、準決勝で当たりが止まっていた福留(孝介)に復活の一発が出たり、岩村(明憲)の代役でスタメン入りして最初はガチガチだった今江(敏晃)にも、決勝のキューバ戦でタイムリーが出たり。ドラマティックな選手起用も随所でハマりましたしね。

渡辺俊介(わたなべ・しゅんすけ)…1976年、栃木県出身。国学院大学、新日本製鉄君津をへて01年、ロッテに入団。世界一低いといわれたサブマリン投法で活躍。WBCは第1、2回大会に出場し、連覇に貢献した。