めまぐるしい変化を見せる国際情勢において、その変化のスピードは日々増していくばかり。いま、世界ではいったい何が起きているのか。元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏が解説する。
──「ホルムズ海峡症候群」とは、どういう意味なのでしょうか?
佐藤:これはロシアの政治学者で、外交評議会メンバーを務めるアレクサンドル・カザコフ氏の造語です。カザコフ氏は、私が1987~88年にモスクワ国立大学で学んでいたときの同級生です。当時から国際政治や思想について議論してきた友人で、現在もロシア・ウクライナ戦争などについて頻繁に意見交換しています。
──「ストックホルム症候群」をもじった言葉ですね。
佐藤:そうです。重要なのは、海上交通を遮断するために、すべての船を沈めたり、正式な海上封鎖を宣言したりする必要はないという発想です。「この海域を航行すれば攻撃されるかもしれない」と市場に認識させればいい。実際に数隻が攻撃されれば、保険会社は戦争保険料を引き上げ、船主は配船をためらい、船長や乗組員も航行を嫌がります。荷主も別のルートを探します。
──軍事力で直接封鎖するわけではないのですね。
佐藤:そこがポイントです。軍事的威嚇がリスクを生み、そのリスクが保険を動かし、保険が海運を動かし、最終的に物流を止める。心理と市場を利用した事実上の海上封鎖です。
──カザコフ氏は、ロシアが海上戦を始めたとは考えていないのですか?
佐藤:いません。カザコフ氏の認識では、欧米によるロシアの「影の船団」への圧力や、ウクライナによる黒海での船舶への攻撃によって、先に海洋が戦域へ組み込まれました。ロシアはそれに、より大きな力で応答しているという理解です。
カザコフ氏はプーチン大統領の戦略を、「二番手として戦う」と表現します。相手に最初の一手を打たせ、相手が変更したルールを利用して、より強く反撃するということです。
──その先にはユーラシアの物流再編もあるのですね。
佐藤:その通りです。ロシアは南北国際輸送回廊や北極海航路を整備し、中国、インド、イランなどとの連結性を高めようとしています。
従来、ユーラシアの商品流通には海洋国家が大きな影響力を持っていました。しかし大陸内部の物流網が発達すれば、その構造が変わる可能性があります。
佐藤優(さとう・まさる)
元外務省主任分析官、作家。同志社大学大学院神学研究科修士課程修了後、外務省入省。95年より外務省国際情報局分析第一課勤務。対ロシア外交の最前線で活躍し、「外務省のラスプーチン」の異名をとる。2002年5月に背任容疑で逮捕され、09年に最高裁で有罪判決が確定し失職。著書多数。