めまぐるしい変化を見せる国際情勢において、その変化のスピードは日々増していくばかり。いま、世界ではいったい何が起きているのか。元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏が解説する。
──プーチン大統領の択捉島訪問をどう読みますか。
佐藤:8月12日の太平洋艦隊演習視察と、翌13日の択捉島訪問を別々に捉えてはいけません。12日は軍事的主権を、13日は行政的主権を可視化したのです。
12日、プーチン氏は日本の対ロ制裁を批判する一方、
われわれは日本を脅かしておらず、日本に対して何の要求もない(8月12日ロシア大統領府HP)
と述べ、安倍晋三元首相の対ロ外交を高く評価しました。これは高市早苗首相に、「安倍氏の現実主義的な対ロ外交まで継承するのか」と問いかけるシグナルです。
13日には軍事施設ではなく学校、病院、水産加工場を視察しました。択捉島をロシアの通常の行政・経済空間として見せる演出です。
──一連の行動には、どのような戦略があるのでしょうか。
佐藤:ロシアの政治評論家アレクサンドル・カザコフ氏の「柔道外交」論が参考になります。柔道では相手に先に動かせ、その力を利用して均衡を崩します。カザコフ氏はこれを「二番手として戦う」と表現します。ロシア側の論理では、日本が制裁を導入し、ロシアを安全保障上の脅威と位置づけたことで、先に日ロ関係の条件を変更した。だからロシアも、従来の対日配慮には拘束されないというわけです。
柔道にたとえれば、12日の発言が「構え」で、13日の訪問が日本側の反応を誘う「崩し」です。ロシア国営テレビ『ヴレーミャ』が、日本の抗議を「予想された反応」と報じたことからも、日本の反応まで計算していたことがうかがえます。
──日本はどのように対応すべきでしょうか。
佐藤:北方四島について原則的立場を堅持し、択捉島訪問には抗議すべきです。しかし、抗議を繰り返すだけでは領土問題は一ミリも動きません。相手の論理を理解することと、その主張を受け入れることは別です。
ロシアが日本との対話を断念したとも思いません。日本政府は「ロシアとの対話を拒否しない」と発信し、独自の意思疎通の回路を確保すべきです。公式外交が動きにくいなら、国家安全保障局とSVR(ロシア対外諜報庁)との水面下のインテリジェンス・チャネルを活用する方法もあります。感情的に反発するのではなく、プーチン氏の狙いを読み、日本の国益にかなう次の一手を打つことが重要です。
佐藤優(さとう・まさる)
元外務省主任分析官、作家。同志社大学大学院神学研究科修士課程修了後、外務省入省。95年より外務省国際情報局分析第一課勤務。対ロシア外交の最前線で活躍し、「外務省のラスプーチン」の異名をとる。2002年5月に背任容疑で逮捕され、09年に最高裁で有罪判決が確定し失職。著書多数。