めまぐるしい変化を見せる国際情勢において、その変化のスピードは日々増していくばかり。いま、世界ではいったい何が起きているのか。元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏が解説する。

──ラトクリフCIA長官のモスクワ訪問をどう見ていますか。

佐藤:重要なのは、米ロ関係が「深刻な危機」にあってもCIAとロシア対外情報局(SVR)のチャネルが良好に機能していることです。ラトクリフ氏は8月25日にナルイシキンSVR長官と会談しました。プーチン大統領との直接会談はありませんでしたが、協議結果は直ちにプーチン氏に報告されました。

 さらに米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』によれば、訪ロはトランプ大統領の直接指示だったといいます。事実なら、ラトクリフ氏は大統領の政治的意思を伝える秘密特使としての役割も果たしたことになります。外交には政府間の「表の外交」と、インテリジェンス機関を使った「裏の外交」の双方が必要なのです。

 

──日本も同様の仕組みを持つべきでしょうか。

佐藤:国家情報局がその役割を担うべきです。特に重要なのは、内閣情報調査室時代からロシアのSVRとの間に持っているチャネルです。これを強化し、「首相─国家情報局─SVR─クレムリン」という最短の回路を機能させるべきです。

 日ロ間にはウクライナ戦争、対ロ制裁、北方領土問題など、公式外交では容易に動かせない問題があります。そこで正式交渉の前に、「日本がAをすればロシアはBを検討できるか」という仮説的な条件を秘密裏にぶつけ、双方のレッドラインを確認する。いわば「交渉以前の交渉」です。可能性が見えた段階で外務省による正式交渉に移せばよいのです。

 

──それは外交一元化や日米同盟と矛盾しませんか?

佐藤:矛盾しません。外交一元化とは外務省による外交の独占ではなく、首相が外交方針を統括することです。国家情報局が勝手に外交するのではなく、首相の指示を相手に伝え、回答を首相に持ち帰るのです。日ロの外務省はお互いの立場に縛られていて、身動きがとれません。こういうときにこそ、インテリジェンス・チャネルを活用するのです。

 強調しておきたいのは、CIAもSVRと直接交渉しています。日本が独自の対ロチャネルを持つことは日米同盟に反するものではありません。関係が悪化した国とも必要なときに話せる回路を持つことが外交力です。「表の外交」に加えて首相直轄の「裏の外交」を展開する。これからが国家情報局の腕の見せ所だと思います。

佐藤優(さとう・まさる)
元外務省主任分析官、作家。同志社大学大学院神学研究科修士課程修了後、外務省入省。95年より外務省国際情報局分析第一課勤務。対ロシア外交の最前線で活躍し、「外務省のラスプーチン」の異名をとる。2002年5月に背任容疑で逮捕され、09年に最高裁で有罪判決が確定し失職。著書多数。