めまぐるしい変化を見せる国際情勢において、その変化のスピードは日々増していくばかり。いま、世界ではいったい何が起きているのか。元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏が解説する。

──ウクライナ軍の捕虜になった北朝鮮兵2人が韓国に移送されました。この問題をどう見ますか?

佐藤:重要なのは、2人の身柄だけではありません。ゼレンスキー大統領には、この事実を「知らせる利益」があり、韓国政府には「知らせない利益」があったことです。

 ゼレンスキー氏は9月23日の国連総会演説で、北朝鮮がロシアへの派兵の見返りとして、弾道ミサイルや無人機などの軍事技術を得ていると主張しました。その真偽は具体的な情報に即して慎重に検証しなくてはなりません。しかし、この発言の政治的意図は明確です。ウクライナ戦争は欧州だけの問題ではなく、ロ朝軍事協力を通じて日本や韓国の安全保障にも直結している、と国際社会に訴えているのです。

 

──なぜ韓国政府は移送を積極的に公表しなかったのでしょうか?

佐藤:韓国とウクライナでは国家利益が完全には一致しないからです。韓国の李在明大統領は、この問題を「外交、安保、韓半島情勢に大きく影響を及ぼす非常に敏感な議題」と位置づけ、非公開にすることでウクライナ側と合意していたと説明しています。北朝鮮兵本人や家族への配慮もありますし、韓国が捕虜受け入れを政治宣伝に使えば南北間の緊張を高めます。

 ゼレンスキー氏にはロ朝軍事協力を可視化し、ウクライナ支援の必要性を訴える利益がある。他方、韓国には静かに処理する利益がある。友好国同士でも、同じ出来事をめぐる国家利益は異なるのです。

 

──2人の北朝鮮兵にはインテリジェンス上の価値もありますか?

佐藤:あります。高級将校である必要はありません。人的情報(HUMINT)では、所属部隊、訓練、武器、通信、給与、食事、移動経路、ロシア兵との意思疎通など、一見すると細かな情報を積み上げて組織全体の実態を推定します。韓国の情報機関にとって、2人はロシアに派遣された北朝鮮軍の実態を知る、貴重な情報源になり得ます。

 またロ朝軍事協力を、北朝鮮からロシアへの兵員や砲弾の提供だけで見てはいけません。北朝鮮兵はロシアで実戦経験を積み、逆にロシアの軍事技術や戦争のノウハウが北朝鮮に流れる可能性があります。国際政治では、何が起きたかだけでなく、誰がそれを語りたがり、誰が沈黙したがるかを見ることが重要です。

佐藤優(さとう・まさる)
元外務省主任分析官、作家。同志社大学大学院神学研究科修士課程修了後、外務省入省。95年より外務省国際情報局分析第一課勤務。対ロシア外交の最前線で活躍し、「外務省のラスプーチン」の異名をとる。2002年5月に背任容疑で逮捕され、09年に最高裁で有罪判決が確定し失職。著書多数。