■「そんな村にまで読んでくれている人がいる」今村翔吾が明かした作家としての喜び

 そういった過酷な環境は原稿に影響しなかったかと尋ねられた今村氏が「もう書いて、書いて、チラッと景色を見て、書いて、という状況。そこに運転席から、秘書が“あと〇時間で締め切りです”とプレッシャーをかけてくる。そうやって講演会場について、秘書に書き上げたデータを渡して、話してサインして……その繰り返しでしたね。週刊誌と新聞の連載を抱えていたのでキツかった」と語ると川西氏は「激しいわ……」と絶句しながら「でも、やったことは糧になったでしょ」と笑顔だ。

「はい、やってよかったとしか思っていないですね。これをやったから土地の歴史を知ったとかはないけど、まさかこんなところにまで僕の読者がいるとは思っていなかった。最寄りのコンビニまで車で1時間半かかる、そんな村にまで読んでくれている人がいるというのはうれしかった」と今村氏は感慨深げだ。

今村翔吾

「僕らはお客さんを前にダイレクトに音を伝えることができるけど、作家の方はなかなかそういったことがない。いろんな方法があると思うけど、翔吾君の場合はこれが正解だったんだね」と川西氏が感心する。

「まつり旅」は約四か月間で執筆しながら全国を行脚するという、これまでどんな作家も挑んだことのないスペシャルな企画だったが、これについて今村氏は「司馬遼太郎とか、あの世代の巨人たちに対するアプローチとして、今までと同じことをしていてはダメ。一度、彼らが歩いていない道を歩いて、違う戦い方を見つけようと思った。それは見つかったと思うから、いつか真っ向勝負をして僕なりの坂本龍馬を描いてみたい」と決意を述べた。

 これを受けた川西氏が「ユニコーンはバンドがものすごくたくさんいた時代にデビューした。そういうときにキャッチフレーズとして“和製〇〇”みたいなことを書かれるのが大嫌いで、売り込みをしている人たちが“このバンドのことをどう書けばいいんだ?”と困るようなバンドになりたかった。変なバンドだったと思う」とデビュー時の秘話を披露。すると今村氏は「令和の次の時代に出てきた作家が“〇〇時代の今村祥吾”と言われるような独自性を出していきたい」と決意をあらたにした。

■川西幸一プロフィール
1959年広島県生まれ。ロックバンド「ユニコーン」のドラマーとして1987年にデビュー。「大迷惑」「働く男」などのヒット曲をリリースする。1993年2月にユニコーンを脱退。バンドは同年9月に解散。その後、J(S)Wのボーカル宮田和弥らと結成した「ジェット機」など、いくつかのバンドを経る。2009年にユニコーンが16年振りに再始動。現在、ユニコーンの手島いさむ、EBIとのスリーピースバンド「電大」のツアー中。

■今村翔吾プロフィール
1984年京都府生まれ、滋賀県在住。ダンスインストラクター、作曲家、守山市埋蔵文化財調査員を経て作家デビュー。2016年「狐の城」で第23回九州さが大衆文学賞大賞・笹沢左保賞受賞。2018年「童神」で第10回角川春樹小説賞受賞。『童の神 』(「童神」改題:角川春樹事務所)で第160回直木賞候補。2020年『八本目の槍』(新潮社)で第41回吉川英治文学新人賞、第8回野村胡堂文学賞受賞。『じんかん』(講談社)で第163回直木賞候補、第11回 山田風太郎賞 受賞。2021年 『羽州ぼろ鳶組シリーズ』(祥伝社)で第6回吉川英治文庫賞受賞。2022年『塞王の楯』(集英社)で第166回直木三十五賞受賞。TBS報道番組(JNN系列)『Nスタ』レギュラーコメンテーター出演中。最新刊は『茜唄(上下)』(角川春樹事務所)。