■人間はタンパク源という事実

 環境省の担当者が、クマが住宅街へと頻繁に姿を見せる理由を推測する。

「要因として大きいのは、今年のドングリが凶作だということ。それと、開発が進んだことにより森と住宅街の間で緩衝地帯の役割を果たしてきた里山が日本から激減したこと。つまり、環境の変化でクマが人間と遭遇する確率が上がったというわけです」

 また、クマが街中で頻繁に目撃されるようになった背景に、別の害獣の存在を指摘する声もある。
「シカです。野生鳥獣による森林被害面積は、年間に全国で約5000ヘクタール。このうちの約7割前後がシカによる被害なんです」(前出の全国紙社会部記者)

 北海道庁によれば、2023年度のエゾシカの生息数は73万頭。環境省によれば、22年度に本州以南で生息するニホンジカは246万頭と報告されている。合計すると、300万頭以上のシカが日本国内で暮らしている計算だ。

「シカは樹木を容赦なく食べ尽くす性質がある。それにより、クマの食べる木の実がなくなってしまった」(前出の全国紙社会部記者)

 元旭山動物園園長で、札幌市環境局参与の小菅正夫氏が話す。

「庭にサクランボやリンゴの樹を植えるとします。人間が生活している間は、クマも近くにまでは寄ってこない。しかし、過疎化が進んだ地域では空き家になることも多く、農作放棄地となった土地の木の実を食べたクマは、山の中にいなくても人間が暮らす土地に来ればエサがあると、味を占めてしまうわけです」

 また、増えすぎたシカは別の問題も引き起こしているという。

「シカの数が増加したことで車にひかれる個体も増えた。これらの死骸を食べたクマはシカの味を覚えてしまったんです」(前同)

 アニメや映画の中では、ハチミツや木の実を食べる大人しい動物として描かれているクマ。しかし、野生のクマは肉食もする雑食動物なのだ。

「シカは栄養価が高いし、消化もいい。シカを食べることで、クマも本来持つ野生の姿を取り戻した」(同)

 一方で、シカは逃げ足が早いことから、クマにとっても捕獲は困難を極める。

「人間の味を覚えたクマは、シカに比べると、はるかにのろまな人間のほうが、タンパク源として狙いやすいと考えられます」(同)

 人肉の味を覚えたクマ。その存在は、かつて目撃されることがなかった大都市圏へも近づいているという。【後編】「遭遇したらうつ伏せに」「クマ絶滅の地」九州も危ない!専門家が語る「全国危険クマ出没エリア」では、東京、名古屋、大阪といった大都市圏へのクマ出現の可能性、そして1957年にツキノワグマの死骸が見つかったのを最後にクマの姿が見られなくなった九州へのクマ上陸の可能性やクマに遭遇したときに取るべき対策を専門家が解説する。