日本競馬界のレジェンド・武豊が名勝負の舞台裏を明かすコラム。1月12日のシンザン記念ではディアダイヤモンドに騎乗予定の、彼のここでしか読めない勝負師の哲学に迫ろう。

(以下の内容は2026年1月5日に寄稿されたものです)

 新年明けましておめでとうございます。2026年は、十二支の7番目に当たる午年。十干十二支では、60年に一度、めぐってくる丙午です。

 僕がジョッキーになって、最初に迎えた午年は、4年目の1990年。庚馬のときです。

 その前年に、シャダイカグラ、イナリワン、スーパークリークという名馬に乗せていただき、GⅠを4勝。今振り返ると、技術的にはまだまだでしたが、それを補うだけの気力と体力に満ちていました。

 スーパークリークとのコンビで、天皇賞(春)を勝利し、春秋連覇。父・武邦彦厩舎のバンブーメモリーでスプリンターズSを制し、美酒に酔いしれたのも90年でした。伝説として語り継がれるオグリキャップの有馬記念は今思い出しても、胸が熱くなります。

 2度目の午年は、フランスに拠点を置いていた02年の壬馬です。

 2月24日の中山3Rに起きた落馬事故で、骨盤を骨折。十数分おきに襲ってくる激痛を乗り越えて掴んだタニノギムレットでの日本ダービー制覇は、二重、三重の喜びを感じていました。

 ビリーヴで勝利したスプリンターズS。ファインモーションとともに勝ち得た秋華賞とエリザベス女王杯。“砂の怪物”ゴールドアリュールで掴んだ3つの交流GⅠ、ジャパンダートダービー、ダービーグランプリ、東京大賞典での走りは鮮烈な記憶として残っています。

 デビュー28年目、45歳で迎えた3度目の午年は、14年の甲午。

 この前年、キズナとのダービー制覇で、落馬事故による負の連鎖から復活。年が明け、ジョッキー武豊の第2章に突入した年でした。

 この年のGⅠ勝利は、ワンダアキュートとともに挑んだ交流GⅠ帝王賞1つだけ。JRAのGⅠ連続勝利の記録は23年でストップし、JRAリーディングも、86勝で8位。

 決して満足できるものではありませんが、毎日王冠を制したエアソミュール、チャレンジCを勝ったトーセンスターダムをはじめ、数字だけでは語れない馬たちとの新しい出合いに、胸を躍らせたのがこの年です。