■選手のライバル心が虎を活性化させる!

 立石正広と前川右京。2人が同い年というのも面白いやないか。

 大学で実績を残した立石に対し、高校を卒業後、プロに入って技術を磨き、体を鍛えた右京。ワシ自身、高卒だから、よう分かるんやけど、プロでは先輩にあたる右京には意地や気構えがあるはずや。立石が創価大出身なら、右京は阪神大学出身と考えればええ。

 ワシが現役の頃は、高校からプロに入って来た選手には「大卒のエリートには絶対に負けへん」という強烈なライバル心があった。ワシだけやない。江夏豊さんがまさに、そうやった。

 ワシなんか一軍と二軍を行ったり来たりのエレベーター暮らしやったから、いきなり一軍入りの大卒エリートの存在が面白いわけない。なんとしてでも負けるわけにはいかんと思った。

 ある先輩には、こんなことも言われた。

「プロでは1年でも先に入ったほうが先輩や。相手が大卒で、年上であっても呼び捨てにしたらええんや」

 だから、江夏さんも2歳上のブッちゃん(田淵幸一)を「田淵」と呼び捨てにした。ワシも、これに倣った。

 ワシの入団の2年後、立教大学を卒業し、社会人を経てドラフト3位で入ってきたのが、外野手の望月充さんやった。ポジション的にもワシのライバルや。当然、呼び捨てにした。

 向こうは「年下のくせに生意気なヤツだ」という顔やった。でも、何年か一緒にプレーするうちに「カワ」、「もっちゃん」と呼び合う関係になってたけどな。ま、そんなもんよ(笑)。

 話が本題から少しそれたけど、右京には「阪神大学卒業」の意地を見せてほしい。それがチームの活性化にもつながるんや。

川藤幸三(かわとう・こうぞう)
1949年7月5日、福井県おおい町生まれ。1967年ドラフト9位で阪神タイガース入団(当初は投手登録)。ほどなく外野手に転向し、俊足と“勝負強さ”で頭角を現す。1976年に代打専門へ舵を切り、通算代打サヨナラ安打6本という日本記録を樹立。「代打の神様」「球界の春団治」の異名でファンに愛された。現役19年で1986年に引退後は、阪神OB会長・プロ野球解説者として年間100試合超を現場取材。豪快キャラながら若手への面倒見も良く、球界随一の“人たらし”として今も人望厚い。