■タモリが明かした番組を長く続ける秘訣

 2024年7月の『週刊女性PRIME』の記事では、宮根がコロナ禍の頃から『ミヤネ屋』を「そろそろ卒業するべきではないか」と周囲に相談していると報道。同年10月の『デイリー新潮』でも「いつまでやるの」「辞めたい」と漏らしていると報じられた。

 そして今年2月12日の『ミヤネ屋』で宮根本人が「実はこの9月末をもって『ミヤネ屋』を卒業させていただくことになりました。そのご報告でございます」と生報告。

「本当にみなさんに感謝しかありません。フリーアナウンサーになったからには、番組の終わりはいつか来ると覚悟しております。そして、何度か『ミヤネ屋』を卒業しようと考えたこともございますが、そのたびに読売テレビはじめ、みなさまにありがたいことに慰留していただきまして、この20年まで続けることができました。本当に幸せ者です」と語った。

 前出の民放キー局関係者は言う。

「帯番組には本当にたくさんのスタッフが関わっていますし、『ミヤネ屋』は読売テレビを代表する番組ですからね。MCが“そろそろ辞めたい”と申し出ても、なかなか辞められるものではないんです。有働由美子さん(57)も、18年10月から22年9月まで『news zero』のMCを務めましたが、“ずっと続けるのは厳しい”と最後のほうは疲弊していたといいますね。

 帯番組は、月から金まで週5日やりますからギャラはかなり稼げます。ただ、どんな仕事もそうですが毎日同じことを続けるのは辛いですよね。帯番組を数年、数十年に渡って続けると体調面もそうですが、精神的にも疲弊していくんです。『ミヤネ屋』を20年続けた宮根さんもそうだったのではないでしょうか。そんななか、タモリさんは31年間、月から金曜のお昼に『笑っていいとも』を続けたわけですから、それはやっぱり凄いことですよね」

 タモリは、21年12月放送の『徹子の部屋』(テレビ朝日系)にゲスト出演した際、番組を長く続ける秘訣を尋ねられ、《“なぜですか?”って聞かれるんですけど、毎日やってますから、過去のことをいくら反省して、“あのときこう言えばよかった“とか“こうすればよかった”って言ったって、一生同じような状況になることはないわけです。それを反省したってしょうがないでしょう。それよりも未来に目を向けましょうって》と説明した。

 モットーについては《反省しないということ。座右の銘は“適当”だったですね》とし、《毎日食べるようなものはやっぱり薄味がいい。濃い味だと飽きられてしまうって言うんで、なるべくあんまり出しゃばらない、しゃべらない。そこから“省エネ司会”とかいろんなこと言われるようになった》と明かしていた。

「タモリさんは、反省しないと常々話していますが、そういう自然体の姿勢だからこそ31年も『笑っていいとも』を続けられたんでしょうね。帯番組ではないですが現在進行形で続いている『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)も1986年スタートで、この10月で40年目に突入しますからね。

 司会を務める上で反省をしない、自然体で臨むという真髄をつかみ、それを実践し続けるタモリさんは“あらためて凄い”と話されています」(前同)

 今回ヒカルは「面白くない」と評したタモリだが、テレビ界では今、あらためてその凄さが語られているようだ。