■中野は強肩だった 彼だけの守備位置
こうした新しいセカンド像を日本球界で確立したのが、広島の菊池涼介でした。入団時の菊池はショートが本職の選手。1年目となる2012年、東出輝裕のケガに伴い、セカンドで起用されると大活躍。以降は、ずっとセカンドです。
なんといっても菊池の魅力は広い守備範囲。抜けたと思うような打球にことごとく追いつき、アウトにします。13年からは10年連続で、ゴールデングラブ賞を受賞。20年には、プロ野球史上初となる二塁手守備率10割も達成しました。
菊池のセカンド起用は、当時の野村謙二郎監督の大英断だったと思います。
そんな菊池からゴールデングラブ賞を奪ったのが、中野拓夢です。彼も21年に入団してから、最初の2シーズンはショートでした。私が退任し、岡田彰布監督が就任してからセカンドへとコンバートされました。
中野のショートについては肩の弱さが指摘されることもありましたが、それを補って余りある守備範囲の広さがありました。テレビでは分かりづらいんですが、中野は、かなり深い位置を守ります。現にルーキーイヤーは、遊撃手としてリーグ1位の補殺数と刺殺数を記録。ショートとして落第なんてことはありません。
一方で、中野のショート起用はチーム事情もありました。当時は今ほど得点力がなかったため、私としては、どうしてもセカンドに確実性の高い糸原健斗を使いたかったんです。
中野は守備だけでなく、バッティングも高い技術を持っています。2番という制約の多い打順を打ちながら、確実に成長し、今では首位打者を狙える選手だと思います。私の監督時代のモットーは「超積極的」野球。打順に関係なく初球から、どんどん打たせました。
野球ですから、バットを振らないことには当たりません。当時は若いチームでしたから、振らないことには選手も成長しません。
昨季の中野は首位打者こそ逃しましたが、ベストナインとゴールデングラブ賞を受賞。MVPにも、十分値する活躍だったと思っています。
矢野燿大(やの・あきひろ)
1968年12月6日生まれ。90年ドラフト2位で中日ドラゴンズへ入団。97年オフにトレードで阪神タイガースへ移籍すると、正捕手としてチームの躍進を支え2度のリーグ優勝に貢献。