2008年に小説家としてデビューして以来、柚木麻子は15年ものあいだ人気作家として支持を広げてきた。小説の執筆以外にも、TBS Podcastで「Y2K(2000年代)の文化を伝える」番組に出演し『Y2K新書』で軽妙なトークを披露するなど、その活躍は多岐にわたる。本サイトでは、柚木の最新作『オール・ノット』執筆の裏側に迫る。【第2回/全4回】
これまで『ランチのアッコちゃん』シリーズ(双葉社)ではランチタイムを有意義な時間にするOLを描き、『BUTTER』(新潮社)では平凡な女性がいかにして男性を料理で魅了したのかを濃厚に描き、“食”へのこだわりを見せてきた。そんな柚木さんが思う“小説の中の食の位置づけ”を聞いたーー。
ーー今作『オール・ノット』では横浜にある乙女坂などが登場しましたが、作品の舞台を横浜にした理由はありますか?
今後作家としてやっていく上で、自分が好きなものを日本でやるとしたら横浜しかなかったんです。黒澤明の『天国と地獄』(1963年公開)という映画を今回結構見直したんですが、この作品は原作がエド・マクベインの『キングの身代金』(1959年)というニューヨークをモデルにした土地が舞台の小説でした。
ニューヨークって街が密集してるんですが、その中でも貧富の格差が激しい。そんな背景の小説を“日本でやるとしたら?”と黒澤明が考えた時に、横浜しかないということで、映画の舞台は横浜になってました。
横浜は小さなエリアにある欧米由来の街並みで、まさに外国人のために作られた街。でも、お金持ちが高台の方に住んでいるっていうのも、物語を作る上でやりやすい。欧米で多く生まれた貧富を描いた少女小説をもし日本で置き換えるなら横浜しかないなと思いました。
ーー「今後作家として自分が好きなものを日本でやっていく」というお話しがあったかと思いますが、どういった作品がお好きなんですか?
私は今年42歳になるんですが、今後作家をやる上で、自分がすごく好きだった小説に向き合いたいなと思いました。そこで幼少期に読んでいた『赤毛のアン』(作:L.M.モンゴメリ、翻訳:村岡花子)といった少女小説を読み返した時に、少女小説には富裕層が貧困層にお金をあげる、もしくは富を分けるっていう描写があって、それを人から咎められたりしない欧米のチャリティ文化が根底にあるなと実感しました。
貧困問題や教育格差など、今の日本社会にとって大事なことが書いてある。自分はそういったテーマにまっこうから取り組みながら、当事者が不幸にならない物語が好きだったことに改めて気付いたんです。