■柚木さんが明かす『食』へのこだわり
ーー『赤毛のアン』に通じるかもしれませんが、柚木さんの小説では“食”に関する描写が細かくて印象的なシーンが多いように感じていました。そういった食に対するこだわりなどがあるんですか?
飯テロを狙ったわけでもないんですが、昔の日本の文学や映画って食べ物が全然美味しそうじゃないんです。お寿司もマグロが赤黒く干からびていて“あんなもん食べるのか?”と思ってしまうような感じで。
男性中心主義だと食は衣食住の中でどうでもいいことで、むしろ当時の文壇では不健康な方がイケてる、と思われていた。たまーに夏目漱石で「卵糖」って書いて「カステラ」って読ませたり一応美味しそうに見えるとかはあるんですけど。
それに、林芙美子(1903年〜1951年、代表作に『放浪記』がある)の作品に登場する食ってすごく美味しそうで、たぶんそれが当時の文壇で高く評価されなかった原因だと思うんです。要は女、子供が読む雑記みたいな扱いをされてたのかなって。
だからこそ、私が食を大事にしているというよりは、昔の少女小説が食をないがしろにしてないということだと思います。その描写が変に美味しそうだったりするのは、昔の人たちは”美味しそうに書くぞ!”と思ってなくて、娯楽の少ない環境で暮らしてる中で“ふと食べたアップルパイが美味しくて元気が出る”みたいな感覚と似ているのか、生活がそのまま作品に反映されてるんじゃないかな、と思います。
ーーなるほど。では『食』を描写する時に大切にしていることなどはありますか?
調理工程の描写がある場合は絶対に作ってます。最近は美味しいラーメン屋の小説を書いたので、いちからラーメンのスープを作ったり、麺を打ったりしてみて……何日もかかってすごい大変でした。
それでも、食べてないものも書いてますが、そもそも食が縁遠い人と食が身近な人がいて、私は食が身近なタイプなので食を書くのが好きなんだと思います。
■柚木麻子(ゆずき・あさこ)
1981年8月、東京都世田谷区生。2008年、『フォーゲットミー、ノットブルー』で第88回オール読物新人賞受賞。代表作に『ランチのアッコちゃん』シリーズ(双葉社)、『ナイルパーチの女子会』(文藝春秋)、『らんたん』(小学館)などがある。最新作『オール・ノット』(講談社)が4月19日より発売中。