鋭い牙に、尖った爪。一撃で人間に致命傷を負わせるほどの力を持ち、日本国内だけで1万5000頭ほどが生息するとも言われているクマ。2023年7月末には「O S O18」の通り名で知られる、巨大ヒグマが北海道で仕留められた。このヒグマがこれまでに襲った乳牛の数は66頭。畜産農家を震え上がらせた巨大ヒグマの退治は、大きな話題を呼んだ。
10月15日には『NHKスペシャル OSO18 ”怪物ヒグマ”最期の謎』が放送され、取材班は「OSO18」の骨を見つけ出すや、解析を敢行。
すると、肉食に偏った食生活を送っていた「OSO18」は、餓死状態にあったことが明らかになった。人々を恐怖のどん底に突き落とした腹ペコクマ。そんなクマによる恐怖が、今度は舞台を東北の地に変えて起こらんとしている――。
環境省の報告によれば、23年度9月末時点までに起きたクマによる人身被害が最も多かったのは秋田県で28件。次いで多いのは岩手県の26件となっている。東北圏を中心に人里にまで姿を見せるのはツキノワグマだ。この状況を「異常出没を超えて大量出没だ」と、語るのは森林総合研究所・東北支社で動物生態チーム長を務める大西尚樹さんだ。
「クマは1970年〜80年にかけて、毛皮目的などの乱獲により絶滅の危機に瀕していました。当時は、クマ1頭を捕獲すると100万円ほどの価値があったようです。
しかし、その後の保護活動により個体数が増加。それに伴う形で分布域も広がっています。すると、人が住む場所とクマが生息する地域が近づきますので、接触する回数も増えるというわけです」(前同)
今年は山中にあるツキノワグマの餌となるブナの実が、青森、岩手、宮城、秋田、山形の5県で大凶作。その影響から、例年以上に餌を求めてツキノワグマが人里を動き回っているという。この5県の中で最もツキノワグマによる人身被害が多いのは秋田県。県庁で自然保護課に勤める近藤麻実さんは「ブナの不作だけが原因ではない」と推測する。
「ブナの実は“不作”なのが当たり前なんです。数年に1度豊作となるブナの実は、クマにとっていわば、ハレの日の食べ物です。今年は、山中にあるはずのドングリの実や山葡萄、サルナシといった木の実まで軒並みできが悪い。食べるものに事欠いて、行動範囲が広がっているのでは」(前同)
腹を空かせたツキノワグマの個体が、餌を求めて集落周りにまで出てくるというわけだ。