■音と空豆の超えられない距離感
音にとって、空豆の存在は大きい。なかなか芽の出ない自分の音楽を、ひたすら感動してくれることで喜びや安心感をくれる存在だ。空豆にとっても、音は自分を助けてくれる存在であることに気づいていた。夕暮れの縁側で、お互いの誕生日が7日違いだったことを知り、「音がこの世にいなかった7日、さみしかった」と言う空豆に、「なんてこと言うの」という音の感情が際立っていた。
この世界に存在してくれることに喜びや安心感を感じさせてくれる人、そんな人に出会えたことに感謝しているような言葉は心に刺さる。まだ何者にもなれていない自分を、必要だと思ってもらえる幸せを感じられて、とても優しい気持ちになっただろう。心の距離がグッと近づいて、愛しい気持ちが重なってキスをする……というところで空豆の水鉄砲が発射されてしまう。
この、越えられない壁のようなものは、なんなのだろう。とてもいい雰囲気なのに、恋愛関係にはならない、なれないなにかがあるのだろうか。だけど空豆には、眠っている音にこっそりキスをするぐらいの気持ちはあるのだ。自分に自信がないから、相手を前にすると茶化してしまうのだとしたら、とても残念だ。
空豆は、幼なじみとの結婚を夢見ていただけで、自立することを考えていなかった。だから、自分の夢があってそれに向かって努力をし、小さな成功を重ねている音の存在は大きい。行き当たりばったりの自分に、ファッションという未知の世界への興味に寄り添い、スケッチブックを渡して思いを形にさせる音は、とても優しい人だ。空豆の才能が引き出されて伸びていくのは、隣に音がいてくれるおかげといってもいいだろう。身近にいて自分を見守ってくれる音を、もっと大切に感じてほしい。(文・青石 爽)