■演出上、必要だった小池栄子の下手な英語

 さらに、クドカンは14年前ころのインタビューで、黒澤映画は『どですかでん』だけでなく、『用心棒』、『椿三十郎』、『どん底』などが好きで、自身の手による舞台やドラマ作品において、多大なる影響を受けたと明かしている。

 実は『新宿野戦病院』でも、啓介の「赤ひげ」発言の前から、黒澤映画の影を感じていた。その作品は、騒動の起こっているところに、突然あらわれる凄腕の助っ人の映画『椿三十郎』だ。

 三船敏郎主演の本作は、藩の汚職を暴こうと9人の若侍が立ち上がり、上役を告発するも逆に窮地に。それを図らずも聞いていた浪人・椿三十郎が、はかりごとに不慣れな彼らに同情し、助太刀する痛快アクション時代劇。超人的な知力と武力を兼ね備えた三十郎が、藩に平和を取り戻すべく活躍を見せる。

 機嫌が悪いと言いながらも若侍を守り抜いた椿三十郎だったが、彼はいわゆる“藩”にとっての異物で、最後は若侍たちの前から去っていく。ヨウコもまた歌舞伎町の面々と協力して仲間になりかかるが、やはり“街”に迷い込んだ異物だ。異物は周囲の人々となじみきらないことで、物語をより際立たせる役割がある。そしてそのためにはまわりから浮く、違和感が常になければダメなのだ。

 三十郎の機嫌が悪いアピール同様、ヨウコの“雑”な英語は、その違和感を感じさせるツールなのかもしれない。これが仮に流暢な英語と岡山弁だったら、違和感を覚えないし、異物でもなくなってしまう。英語の上手いアジア人など、歌舞伎町には当たり前にいる。ヨウコは異物であるために、流暢な英語を話してはダメなのだ。

 椿三十郎は最後、若侍に引き留められるも、「あばよ」と言って立ち去っていく。おそらくヨウコも、最後は英語か岡山弁で「あばよ」と言って、歌舞伎町から姿を消してしまうだろう。はたして、この予想は当たるだろうかーー。

(ドラマライター/ヤマカワ)