■『あんぱん』のぶの激しい悲しみと後悔
後日、蘭子(河合優実/24)と2人きりになったとき、のぶ(今田)は「本心を言う勇気がなかった」と告白していたように、「立派なご奉公を」ではなく「生きて帰ってきて」と言いたかったのだろう。兄が出征するという自分の教え子にも本心を言えず、勇ましい言葉をかけたことを苦しむ姿も描かれ、自分で自分を追い詰め、のぶの苦しみはパンパンにふくれあがっている。
史実通りなら、終戦を迎えて次郎は帰国するが、病気で亡くなるという展開になるだろう。のぶは戦時中に次郎(中島)にとってきた態度を後悔し、自己否定をするのだろうが、“愛国のかがみ”として自分を追い込んでいるだけに、それは見ていられないほど激しいものになりそうだ。
太平洋戦争を描いた朝ドラで、国に協力して戦後に後悔するという流れとなると、主人公の古山裕一(窪田正孝/36)が、自分が作った音楽が人々を戦争に駆り立て、その結果、多くの命を奪われたことを自分のせいだと悔やんだ、20年後期放送の『エール』を思い出す。まったく曲が書けなくなった裕一の姿は衝撃的で、当時も話題になった。
これまで、のぶの妹・蘭子役の河合の演技が、セリフの言い回し、目線の揺れ、細かな表情や仕草などに説得力があることから、ヒロインの存在が霞むなどと、高く評価されてきた。しかし、今後は今田が、のぶの激しい悲しみと後悔を表現する、爆発的演技を見せてくれそうで、一気に評価が変わる可能性は高い。
第11週は、嵩(北村)が過酷な軍生活を送る姿が描かれ、戦中、戦後と、しばらくは重い展開が続くだろう。本作のモデルのやなせたかしさんと暢さんが体現した“逆転しない正義”を、劇中でのぶと嵩が体現する日を待ちたい。(ドラマライター・ヤマカワ)
■ドラマライター・ヤマカワ 編プロ勤務を経てフリーライターに。これまでウェブや娯楽誌に記事を多数、執筆しながら、NHKの朝ドラ『ちゅらさん』にハマり、ウェブで感想を書き始める。好きな俳優は中村ゆり、多部未華子、佐藤二朗、綾野剛。今までで一番、好きなドラマは朝ドラの『あまちゃん』。ドラマに関してはエンタメからシリアスなものまで幅広く愛している。その愛ゆえの苦言もしばしば。