武田鉄矢が、心を動かされた一冊を取り上げ、“武田流解釈”をふんだんに交えながら書籍から得た知見や感動を語り下ろす。まるで魚を三枚におろすように、本質を丁寧にさばいていく。

『ヒト、犬に会う』(島泰三著・講談社選書メチエ)という本を題材に、人と犬の間に流れる長い歴史をたどってまいりましたが、今回が最終回。

 これまでにも「犬には人間には及びもつかない優れた能力が備わっている」ことを紹介しましたが、皆さん、ご存じの鼻の良さ。これはニオイを嗅ぎ分けるだけではなくて、犬はニオイで、その人の感情まで全部、嗅ぎ分けることが可能だそうです。

 ミツバチからシカまで多くの社会的動物はニオイで感情を仲間に伝えるそうですが、犬は特に優れている。散歩中に「オシッコのニオイ嗅いでないで行くよ!」なんて怒られている犬を見かけますが、あれは、ただ嗅いでるわけじゃない。ニオイに混ざっている感情を嗅ぐことで、情報を収集している。

「あ、こいつ、なんか大変なことあったんだな」……とか、オシッコのニオイで全部、分かっちゃう。

 犬の超能力に関して本書には、海外の愛犬家の、こんなエピソードが載っています。

 大学教授のフランクリンの自宅を訪れた人の良さそうな人物に対して、飼い犬のチャーリーが全然懐かずに睨みつけるなど、失礼な態度を取った。飼い主は不思議に思ったが、やがて、その人物からさんざんな目に遭うことになったそうです。

 チャーリーはその人物の気配やニオイから、その人物が隠している情動や心理を嗅ぎ分けることができたんでしょう。これは私たちが失ってしまった危機管理能力。飼い主のフランクリンはこのエピソードから、ある教訓を得た。

「いつも、犬の意見を聞け」

 我々日本人も、大昔から犬の持つ優れた能力に支えられてきました。犬と寄り添い、生きてきた歴史を持つ日本人は、犬との間に深い縁で結ばれています。

 以前、奈良の纏向遺跡に行ったことがありますが、この遺跡は例の邪馬台国の候補地ともされている遺跡で“卑弥呼の墓”といわれる古墳があります。

 なんと、そこから犬の亡骸が見つかった。通説では「卑弥呼が飼っていた犬ではないか」といわれますが、卑弥呼かどうかは別としても、犬の亡骸が古墳から見つかったという事実は“日本人と犬の強い絆”を物語っています。日本人にとって人が死んだときに寄り添わせてあげたい生き物が犬なんですね。