「次は各駅か……しかも終点まで先着だと!! マジ最悪!!」

 川崎からの取材の帰り道、小田急線のホームで急行に乗り損ねた本サイト記者は、次発の各駅停車に乗り込んだ。

 ゴトゴトと電車に揺られていると、新宿副都心が間近に見えたあたりで小さな駅の前に停車する。看板には『南新宿駅』の文字。『新宿』と名前は入っているものの、各駅停車のみが止まる駅で、狭いホームに人の気配はほとんどない。

(新宿駅はすぐそこなのに……各駅あんまり乗らないから気づかなかったけど、こんな所に駅があったんだ)

 そう思い、スマホの地図アプリで調べてみると、南新宿駅から新宿駅は800メートルほど、JR代々木駅には徒歩5分足らずでたどり着ける近さである。

(この駅は何のためにあるんだろう?それなりに古そうだけど、いつからあったんだろ?)

――そんな疑問がムクムクと湧き上がってくる。

 その謎を解明すべく、お笑いコンビ『ダーリンハニー』の吉川正洋氏に話を聞いてみた。吉川氏は筋金入りの鉄道マニアで、この6月に『詠み鉄 鉄道スタンプ帖』(双葉社)を上梓した“鉄道大好き芸人”としても知られる御仁だ。

「南新宿駅、確かに不思議な雰囲気を持つ駅ですよね。かなりホームが狭かったり、トイレが下りホームにだけあったり。でもこの駅、僕はすごく好きなんです。大都会の隣になぜかある昔の名残を感じられる一角。なんだか時が止まったような、“都会のオアシス”という感じで」(吉川氏=以下同)

 実はこの南新宿駅、1927年(昭和2年)に小田急線が開通した当初からある駅なのだそうだ。

「『千駄ヶ谷新田駅』として誕生し、その後、小田急本社ビルが移設されてきたのを機に『小田急本社前駅』と改名、やがて現在の駅名となりました」

 以前は少しだけ新宿寄りに設置されていたが、新宿駅拡張工事に伴い移動し、現在の場所に落ち着いた。

「場所的に新宿駅まで歩けますし、代々木駅も近いのでお客さんは吸い取られてしまうのですが、それでも1日あたり平均4000人ほどの利用者数がいるんですよ。周りに専門学校も多いですし、代々木で飲んだ小田急線沿線に住む人たちが帰りに使うこともできますし。意外と使い道がある駅なんです」

 新宿の雑踏を避けて一駅隣の代々木駅近くで飲んだ場合、代々木から新宿に戻って小田急線に乗るよりも南新宿まで歩いたほうが確かに便利ではある。スペースの関係で下りホームに設置されているトイレも、逆に理に適っているように思えてくるから不思議だ。

 このように、大ターミナル駅の隣でひっそりと佇む“都会のオアシス駅”は、実は全国各地でしばしば散見されるのだという。

「たとえば京急の神奈川駅。この駅も巨大な横浜駅が近くにあって、利用客はとても少ないんです。しかし歴史を紐解いてみると日本で最初に鉄道が走った新橋―横浜間ができた時に、宿場で有名な神奈川宿にも駅が開業し、それに付随するように京急にも神奈川駅(開業当初は神奈川停車場前)が誕生しました。初代の横浜駅は桜木町にあったので距離も離れていましたからね。ただ横浜駅が現在の場所に移動してくると、横浜駅と神奈川駅は近接し、旧国鉄の神奈川駅は廃止となりました。京急だけが今でも残っている形です。利用客は少なくても、ストーリーがあって面白いですよね」