日本競馬界のレジェンド・武豊が名勝負の舞台裏を明かすコラム。ここでしか読めない勝負師の哲学に迫ろう。
最高気温26度。最低気温17度。今年も函館を拠点に夏を過ごす予定の僕は、騎乗依頼をいただいている馬の調教に励んでいます。
何度かコンビを組んだことのある馬は、現在の調子を推し量るバロメーターになるし、初めてタッグを組む馬とは、性格や走りの特徴を知る手掛かりになると同時に、武豊というジョッキーのことを知ってもらう貴重な機会です。
その馬の武器を最大限に活かすためには、どんな競馬をするのがベストなのか。タイムを含め、大きな判断材料にもなります。
事前の調教だけではありません。レースに臨むにあたっては、当日に競馬場で跨った瞬間に感じる感覚も大切ですし、返し馬の手応えも、重要な要素のひとつです。
じゃあ、それがすべて完璧だったら勝てるのかと言えば、そうではありませんし、逆に、調教や返し馬で感じた不安がレースになると一変することがあるのも競馬です。
メイショウの松本好雄オーナーと、GⅠトレーナーとなった兄弟子、石橋守さんとの強い絆で勝利した宝塚記念のメイショウタバルは、掴みどころのない馬で、返し馬では冷や汗が出るくらい折り合いに不安を残していました。

ところが、3角でハミが抜けると、そこからはほぼ完璧な最高の走りを見せて、勝利をプレゼントしてくれました。
成績、調子、調教の手応え、返し馬、跨ったときに感じる感覚、天候、馬場状態、枠順……すべてが絶妙に絡み合った結果が、勝利へと続く道になるので、どれかひとつでも疎かにはできません。
だから競馬は難しいし、面白い——。