■夢を叶え、好きだと言えた解放感と幸福感に包まれる

 音が運命の交差点に着いた時には、空豆はもういなかった。だけど、空豆のマフラーを見つけて、当時の足取りをなぞるように探し見つけ出す。「空豆! 忘れ物!」というのが、なんとも音らしい。そして、「好きだった。好きだ! 今も」という心の底からあふれてくるような叫びが夜空に響き渡る。

 やっと、好きだと伝えられた。想いが通じて、たまらず抱き合う空豆と音。そして、紅白の衣装を作ることを約束する。音にとっての『紅白』は、空豆と叶える夢だったのだ。

 空豆も「目の前で人が幸せになるのが見たい」と言っていたように、自分のデザインした服が世界中の人に着てもらうよりも、音に着てもらえたほうが幸せなのだ。失意の中にいた空豆を、ファッションの世界に戻らせた音がカッコいい。

 ぎゅうぎゅうと力いっぱい抱きしめ合う空豆と音がかわいらしくて、キスをする2人が美しくて、心が震えてくる。うれしくて、子どものように飛びついて抱きつく空豆が「もう離れんで」と言って、またキスをする。幸せな空気に包まれた、こんな2人がずっと見たかったのだ。

 音を演じる永瀬は、これまで感情を抑制する役が多かった。当作品でも人物はあて書きだと明言されていたように、永瀬の落ち着いた人柄をベースに人物を作り上げているように感じた。

 だけど、少し物足りない。永瀬は努力の人だ。映画『弱虫ペダル』(2020年/松竹)では多忙なスケジュールの中、自転車競技の特訓を受け、オタク男子になりきって芝居をしていたのは新しい発見だった。前髪をバッサリ切り、アイドルのオーラを全消しした役作り、熱い男を演じきっていたのが素晴らしかった。これからも、さまざまな役を演じる永瀬を見ることができるだろう。

 だけど、いつか、また熱い男になった永瀬が見たい。冷酷で復讐に燃える人でもいい、宿命を背負って戦う人でもいい。まったく違う世界の、別人格になった永瀬が見たい。(文・青石 爽)