■首位独走の秘密は裏方の努力にあり
ところがだ。今季、セ・リーグを独走するのは巨人やなくて、甲子園を本拠地とするタイガースやからな。
まあ、それだけチーム挙げてのコンディショニングがうまく行っとるというわけや。幸いにして、主力で故障した選手もほとんどおらん。投手も野手も故障者続出の他チームと比べると、その差は明らかや。
今季のタイガースが他球団と比べて攻守の戦力のバランスと厚みに優れとるのは間違いないけど、それを支える裏方のスタッフの努力も忘れたらあかん。
トレーナーは昔に比べてかなり増えた。気になって一軍のチーフトレーナーの山下(幸志)に聞いてみたんや。そしたら、今は一軍に6人、二軍に8人のトレーナーがおるという。
一方、ワシがプロに入った1968年は一軍に2人、二軍に1人のトレーナーしかおらんかった。だから、補欠のワシがトレーナー室に行くようなことは、まずなかった。トレーナー室を利用するのは主力だけや。
ワシなんかが捻挫でもしようものなら、
「自分で湿布でも貼っとけや。若いんだから、2日もしたら治るぞ」
そんな感じやった。
今は主力だけやなく、控え選手の体調管理にも、しっかり気を配ってるからな。この差は大きい。
食事も大きく変わった。去年、タイガースの栄養アドバイザーを務める吉田佳代さんが『トラめし』(講談社)なる本を出したんやけど、これを読むと、今のタイガース選手の食事の充実ぶりがよう分かる。
例えば、疲れが残らない体を作るためのメニューや体のキレを良くするためのメニューが、写真付きで掲載されとる。個々の選手が、いかに食事を大事にしとるかもよう分かった。
ワシらの頃は、肉を中心に、どんぶり飯をたらふく食うだけやった。最後は焼肉のタレをご飯にぶっかけて胃袋に詰め込んだもんや。
もちろん、夏は冷えたビールをグイグイやった。そこから、また飲みに繰り出したもんや。今の選手にしたら、信じられんやろう。
ワシはそんな野球生活が楽しくて、楽しくてしょうがなかったで(笑)。
川藤幸三(かわとう・こうぞう)
1949年7月5日、福井県おおい町生まれ。1967年ドラフト9位で阪神タイガース入団(当初は投手登録)。ほどなく外野手に転向し、俊足と“勝負強さ”で頭角を現す。1976年に代打専門へ舵を切り、通算代打サヨナラ安打6本という日本記録を樹立。「代打の神様」「球界の春団治」の異名でファンに愛された。現役19年で1986年に引退後は、阪神OB会長・プロ野球解説者として年間100試合超を現場取材。豪快キャラながら若手への面倒見も良く、球界随一の“人たらし”として今も人望厚い。