■これまで河合優実・蘭子が見せた“目線と仕草”の名演技

 向田さんは映画雑誌『映画ストーリー』(雄鶏社)の編集者として働くかたわらシナリオライターを目指し、後に脚本家、エッセイスト、小説家として活躍した女性。やなせさんは自著『アンパンマンの遺書』(岩波書店)で、向田さんと気が合い、よく展覧会を見にいくなど、仲が良かったことを明かしている。

『あんぱん』での蘭子のビジュアルも、艶やかさ、聡明さを感じさせる風貌が向田さんとよく似ている感じもある。

 そのため、

《蘭子ってビジュアルモデルは向田邦子じゃないのかなって思ってる。映画好きだし、シックでおしゃれだし》
《そういえばツンとすましてる顔も似てる》
《やはり蘭子は、向田邦子の要素が入っているよね》

 といった、“蘭子=向田邦子”説を唱える声は少なくない。

「蘭子が視聴者をここまで惹きつけている理由のひとつに、蘭子を演じる河合さんが醸し出す雰囲気がありますよね。河合さんは、情熱を込めた目の演技や、髪をかき上げるなどのさりげない仕草などがとても艶やかで……『あさイチ』の華丸さんではないですが、これまでも多くの場面で視聴者をメロメロにしてきましたよね」(前出の女性誌編集者)

 蘭子の色っぽさが際立った場面――たとえば序盤の4月15日放送回。パン食い競争の出場受付をしていた蘭子のもとに、まだ双方片想い状態だった豪(細田)がやってくるシーン。そこで「応援するきね」と話す蘭子に、「脚が遅いから(応援)しないでください」と豪が言う。それを受けて「力は強いのに」とつぶやき、髪をかき上げる――という場面があった。このシーンが話題となり、蘭子のファンが急増したとも言われている。

 また、豪の出征前夜に、蘭子が想いを伝えた5月8日放送回も話題となった。この回では、蘭子が豪を見つめて「豪ちゃんのお嫁さんになるがやき、もんて来てよ」と告白し、最後には汽車に揺られて幸せなひと時を――というシーンが大きな感動を生んだ。

 そして、戦後の八木(妻夫木)とのやり取りだ。2人が初めて顔を合わせたのは8月15日放送回。蘭子が八木に、学歴のなさを理由にライターとしての独立を躊躇しているという話をすると、八木は「逆境が、人に及ぼすものこそ輝かしい」と、シェイクスピアの戯曲『お気に召すまま』の一節を引用して語りかける。これに蘭子が「お……シェイクスピア?」と反応し、八木を意味深に見つめたのだが、この場面には《「シェイクスピア」と蘭子が呟いた瞬間に二人のラブストーリーが始まった》《多分シェイクスピアの時から心を動かされてる》といった声は多い。

 そして、特に視聴者の間で話題となったのが9月4日放送回。

 この回では、引っ越しの準備をしていた蘭子の部屋を八木が訪問。帰ろうとしたときに雨が降っていたことから蘭子が傘を渡そうとして、八木が遠慮しようとするも2人の手が触れる、というドキドキの場面が展開された。

 蘭子は傘の下で八木を見つめ、恋心を自覚しているからこそ前に踏み出せず、「もう、八木さんの会社には行きません……」と、悲しそうな表情で一度は目を下にそらすも、「そんなこと言わないでくれ……!」と言う八木から目が離せなくて――というシーンが、情感たっぷりに描かれた。

《八木さんが愛おしそうに蘭子を見つめる視線。そしてそれを受けての蘭子の少し甘えたようなトロンとした表情。 たまるか〜〜〜!!》
《指と目線の演技官能的かつ秀逸で釘付けになりました》
《朝ドラなのに昼ドラか笑》

 などと、大いに話題となった。

 ついに顔がおじさんの“初代アンパンマン”の絵本が誕生するなど、クライマックスに向けて物語が大きく動いている『あんぱん』。一部視聴者にとっては、本筋よりも気になる蘭子と八木の恋の行く末は、果たして――。