■ドタキャンされた店舗側が裁判を起こしたケースも

 正木弁護士は「キャンセルポリシーは法的効力を持ち得る」と解説する。

「予約が成立している段階で、実質的には“契約”が成立していると評価されるため、顧客が一方的にキャンセルした場合には、債務不履行に基づく損害賠償請求が理論上可能になります。このときの“キャンセルポリシー”は契約の一部とされ、違約金としての性質を持ちます。

 ただしキャンセルポリシーには注意点があり、
【1】事前に明示されていたかどうか(契約前または予約時に顧客に内容が伝わっていたか)、
【2】その内容が合理的であるか(過剰・一律ではないか)、
【3】消費者契約法の制限に反していないか(たとえば「100%のキャンセル料」が常に有効とは限らない)
 の3点をクリアしていない場合は、法的効力が弱くなるか、無効とされるリスクも出てきます。

 前金がなかったり、予約した人物が音信不通になったりしたケースでも契約は成立していますから、店舗側が実際に被った損害を証明できれば、請求自体は可能です。裁判になった場合には、『本当にその損害が発生したのか』『他の客を入れるなどして回避できたのではないか』などを厳しく問われる可能性があるため、実損の記録・説明力が求められる点には注意が必要です」(正木弁護士=以下同)

 過去には、今回のような美容院のケースではないが、予約をドタキャンされた店舗側が裁判を起こした事案もあったという。

「たとえば、バーでの貸切予約に無断で来店しなかったケースで13万9200円の支払いを命じた判決(東京地裁)があります。複数の旅館・ホテルに対し、繰り返し偽名で予約・キャンセルを行った者が訴えられた事例もあります。

 もっとも現実的な手段は損害賠償請求(債務不履行)の民事訴訟ですが、刑事告訴に至る可能性もあります。複数回にわたり悪質に予約を妨害した場合など、相手のキャンセル行為が“虚偽・欺罔(ぎもう)”に基づくもので業務を混乱させたと認められるケースであれば、偽計業務妨害罪(刑法233条)で刑事告訴することが可能です。

 ただし、裁判になった場合、訴訟コストも高くつきますし、キャンセルした相手にお金がないと回収も難しい。さらに、裁判を起こしたという事実がネット上で広まり風評被害の可能性があるなどハードルも高く、実際には裁判までは踏み切れず、"泣き寝入り”に近い状態になる事業者が多いのが実情です。とはいえ、キャンセルの証拠があり、金額も明確で、悪質性が高い場合は、少額訴訟制度(60万円以下)を活用して対応することも十分に現実的です」

 そもそもの問題として、無断キャンセルなどが発生しないように事前に予防策を取ることも重要だろう。どうすれば、ドタキャン被害を未然に防げるのだろうか。

「予約時にキャンセルポリシーを明示し、顧客から同意を得ること、予約前日などにSNSなどでリマインド通知をすること、お店のSNSでキャンセル料が発生することを明言するなどで、キャンセル自体を減らすことはできるでしょう。

 あるいは前払いや予約金制度の導入、無断キャンセルの前歴がある顧客の予約を制限するシステムの導入、クレジットカードを事前登録しキャンセル料を自動で引き落としできるようにする等といった方法もあります。また、実際に無断キャンセルが発生したときに備え、内容証明郵便や簡易裁判所を利用する方法をマニュアル化しておくと対応しやすくなります。 こうした対策を取ることで、トラブル発生時の“泣き寝入りリスク”を下げることができるうえ、法的な主張の正当性も強くなります」

 サービス業にとって深刻な被害となりかねない、悪質なドタキャン。泣き寝入りにならないためにも、店側の予防策が必須になっていきそうだ。

●プロフィール
正木絢生(まさき・けんしょう)弁護士
弁護士法人ユア・エース代表。第二東京弁護士会所属。消費者トラブルや交通事故・相続・労働問題・詐欺・薬物など民事事件から刑事事件まで幅広く手掛ける。
BAYFM『ゆっきーのCan Can do it!』にレギュラー出演するほか、ニュース・情報番組などメディア出演も多数。YouTubeの「マサッキー弁護士チャンネル」にて、法律やお金のことをわかりやすく解説、ユア・エース公式チャンネル「ちょっと気になる法律相談」では知っておきたい法律知識を配信中。
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