■バイオ研究と同じ、検出試薬の原料、癌にならない…不気味だが驚きの生態を持つ生き物たち

「なぜ“昆虫”は海に少ないのか?」をテーマにした論文でアメリカ『WIRED』誌の日本版にも掲載された、昆虫生化学・遺伝学・進化学が専門の東京都立大学大学院理学研究科助教・朝野維起氏に“見た目は異様だが、役に立つ虫”について聞いてみた。 

 まずは、成虫は地味な淡黄褐色の蛾の一種であるイラガ。幼虫はビジュアルが派手で、まるでライムグリーンのゼリーにトゲを生やしたようなビジュアルだが……。

「毒を持った針が身体中に生えていて、いかにも攻撃的かつ邪悪そうな見た目です。成虫も刺されると焼けるような強い痛みを感じ、徐々に赤いブツブツなども広がる危険な虫なのですが、分子生物学分野で応用されている技術との関わりがあります。

 イラガはグリセロール(グリセリン)が血液中にあるのですが、この濃度は冬眠を前にすると高まり、細胞などが凍るのを防ぎます。そして、このグリセロールは溶液を不凍化させ、低温における精子やタンパク質の安定性が向上させることから、バイオテクノロジー分野におけるタンパク質・酵素類の低温長期保存に使われていまして。

 イラガで分かったことがバイオ研究に転用されたわけではありませんが、“自然の中で使われているシステムと同じしくみが、バイオの世界で利用されている”という面白い例だと思います」(朝野氏、以下同)

 朝野氏は他にも、一見グロテスクだが、医学の分野で活用されている生き物や、“癌にならない”という驚きの哺乳類も教えてくれた。

「カブトガニはひっくり返すと脚の並びが不気味ですが、その血液はリムルステストと呼ばれる、高感度なバクテリア検出試薬の原料として用いられています。

 専門的には、LPSというグラム陰性菌(編集部註:大腸菌・インフルエンザ菌などの細菌)の表面にある物質をカブトガニの血は感知できるので、バクテリアの混入が問題となる医療品などの衛生管理などに応用されています。こちらは、我々の生活でも活かされているといえるでしょう。

 哺乳類でいうと、毛のないハダカデバネズミは人によって気持ち悪いと感じるかもしれません。ただ面白いことに、ネズミの仲間なのですが社会性が発達している上、なんと癌にならないことで有名です。あと、とても長生きらしいです。体温が低いことと関係があるのかもしれませんが、生命科学分野ではかなり注目されています」

 朝野氏には“シンプルに見た目のインパクトが大きい”生き物についても聞いてみたが、「寄生性の動物には多いかと思います。エビやカニに近い節足動物(甲殻亜門、ウオヤドリエビ綱)のチョウの拡大図はエイリアンのようで、同じくシタムシ類は甲殻類なのに脚がなく、螺旋の形が嫌悪感をそそります。また、昆虫であるシラミの拡大図もいかにも悪者そうな外観と言えるでしょう」とのことだった。

 不思議な生き物の世界に触れたければ、検索してみてはいかがだろう。

朝野維起(あさの・つなき)
東京都立大学・理学・生命科学(助教)。昆虫の生化学、および遺伝学が専門。その他、昆虫の誕生・進化について興味を持って研究をしている。趣味は旅YouTubeの視聴。