■自衛隊が対クマに不向きな“そもそも論”
武器使用を行わない業務ということは、そもそも現場に武器は装備して行かないのだろうか? この点については……。
「自衛隊側は、万が一のために持って行きたいでしょう。というのも、防衛省と秋田県の会議にあたり、陸自は東北を守る第9師団の副師団長が直々に出席しているのですが、この役職の幹部が出てくるのは異例のことです。
推測にはなりますが、自衛隊としては武器携行や使用に関する説明・交渉を県知事に直接するため、上の人間を行かせたのではないでしょうか。今回は相手が人を襲うクマですし、隊員の生命安全の確保は必要ですから」(前出・菊池氏、以下同)
仮に武器を使用する場合、用いるのは隊員が誰しも所有している銃になるという。併せて、実際に使用されそうなシチュエーションも聞いてみた。
「標準火器として使用されている89式小銃と9ミリ拳銃になるでしょう。陸自はこれを全隊員に貸与しているので。これ以上の武器になると対戦車用の火器になり、クマ相手に使う意味はありません。また、後方支援となると、軽装甲機動車といわれる、いわゆる装甲車は輸送用にまず間違いなく持って行くでしょう
発砲するシチュエーションは、振り返ったらクマがいたとか、森陰から突然襲ってくるとか、罠の設置や輸送中に遭遇した場合かと。ただ、自衛隊の敷地外ですし、住宅街のそばでは住民に被害が及ぶ可能性もあるので、むやみには発砲できません。任務といえど、法的根拠などから、慎重な判断や折り合いをつける必要があるかと思います」
また、自衛隊の派遣には“そもそも”の課題もあるという。世間では“豊富な武器を揃えた自衛隊なら安心”という声も見受けられるが、そう単純な話ではないようだ。
「89式小銃は口径が5.56mmと小さいため、猟師の使う散弾銃より明らかに威力は劣りますね。何発撃てばクマに効くか、そういった検証は事前に必要になるでしょう。また、そもそも論として、射撃やサバイバルのスキルと熊を退治するスキルというのは別で、自衛隊がクマを探すのは難しいんですよ。
旧日本軍の話ではありますが、三毛別羆事件(※1915年、北海道苫前村三毛別で巨大ヒグマが次々と村の民家を襲い、7人が死亡した日本史上最悪の獣害事件)では、陸軍の第7師団がクマ退治に出動しても、3日間かけて結局クマを見つけることすらできなかった。豊富な人員で人海戦術が使えるからクマが駆除できるかというと、そうでもないというのが実情かと思います」
期待と不安が入り混じる中、自衛隊がどのように動くか、注目が集まっている
菊池雅之(きくち・まさゆき)
軍事フォトジャーナリスト 各国軍、自衛隊、警察、海保を取材。主な著書『陸自男子』(コスミック出版)、『試練と感動の遠洋航海』(かや書房)、『がんばれ女性自衛官』(イカロス出版)、『[図解]特殊部隊の秘密』(PHP研究所)、『なぜ自衛隊だけが人を救えるのか 「自己完結組織」の実力』(潮書房光人新社)など、共著含めると多数。『東京マグニチュード8.0』『ヱヴァンゲリヲン』シリーズなどで軍事監修も行う。公益社団法人日本写真家協会(JPS)会員