阪神タイガースのレジェンド、“ナニワの春団治”こと川藤幸三が猛虎愛を語り尽くす熱血コラム。OB目線の激励から時には喝も……熱き魂が炸裂する!
タイガースの本拠地である甲子園球場のラッキーゾーンが撤去されたのは1992年のことや。
ラッキーゾーンがなくなって外野が広くなれば、本塁打の数は減る。そこで監督のカツ(中村勝広)が目指したのは、投手を中心とした守りの野球やった。
実際、この年のタイガースの投手陣はようがんばった。チーム防御率は前年の4.37から2.90にまで改善された。リーグ唯一の2点台で、完封勝利は15試合を数えた。
新庄剛志や亀山努がレギュラーで起用されたのも、ラッキーゾーン撤去で「守れる外野手を」という首脳陣の考えもあったからや。
一方、打つほうはホームランが減った。20本を超えたのはパチョレック(22本)と八木裕(21本)だけやからな。
一方、優勝を争ったライバルのヤクルトは打撃のチームやった。ハウエルがホームランを38本打って本塁打王に輝き、首位打者も獲った。古田敦也や池山隆寛が30本塁打をマーク。
広い甲子園を主戦場とするタイガースと狭い神宮球場に本拠地を置くヤクルトの野球の違いは明らかやった。そして、タイガースは守り勝つ野球で食らいついたというわけや。