■ノムさんの抗議で史上最長試合に…

 最終的にはタイガースはヤクルトとは2ゲーム差で力尽きた。ノムさんにとってはヤクルト監督に就任して最初の優勝やった。

 ただ、これくらいの僅差だと、運不運がものをいう。タイガースの不運として今も語り継がれるのが、この年の9月11日に甲子園で行われたヤクルト戦や。

 試合は3対3のまま、9回裏のタイガースの攻撃を迎えた。ツーアウト一塁でバッターは八木裕。カウント3-2からフルスイングした打球はレフトスタンドに飛び込んだ。首位のヤクルトに並ぶ劇的なサヨナラホームランや。

 八木はバンザイしながらホームインし、タイガースナインも、これを総出で迎えた。スタンドの大観衆はもう狂喜乱舞の大騒ぎや。解説者としてこの試合を見ていたワシも、小躍りしたい気分やった。

 ところがや。敵将のノムさんが審判団に対して猛烈に抗議しとるやないか。

「フェンス上部のラバーに当たってから、スタンドに入った。だから、エンタイトルツーベースだ」

 審判団は協議の結果、誤審を認め、判定を覆した。

 この判定に納得できんカツは30分以上食い下がった。たしかに映像を見ると、フェンスに当たっとるんやけどな。しかし、当時はビデオ判定なんてない。審判の判定は絶対や。

 結局、タイガースは提訴試合を条件に試合再開に応じた。そして、試合はその後、両チームとも得点できないまま、延長15回、3対3で終了。しかも6時間26分の史上最長試合時間というオマケ付きやった。

 あの試合に勝っていれば、タイガースは勢いそのまま優勝できたかもしれん。けど、勝負ごとにタラレバを言ったらキリがない。負けは負けでしかない。

 なお、誤審をした審判の平光清さんはこの年を限りに引退をした。平光さんは猛抗議するカツに、

「今年で責任を取って辞めますから、試合を再開してください」

 とまで言ったらしい。そして約束を守ったわけや。

川藤幸三(かわとう・こうぞう)
1949年7月5日、福井県おおい町生まれ。1967年ドラフト9位で阪神タイガース入団(当初は投手登録)。ほどなく外野手に転向し、俊足と“勝負強さ”で頭角を現す。1976年に代打専門へ舵を切り、通算代打サヨナラ安打6本という日本記録を樹立。「代打の神様」「球界の春団治」の異名でファンに愛された。現役19年で1986年に引退後は、阪神OB会長・プロ野球解説者として年間100試合超を現場取材。豪快キャラながら若手への面倒見も良く、球界随一の“人たらし”として今も人望厚い。