阪神タイガースのレジェンド、“ナニワの春団治”こと川藤幸三が猛虎愛を語り尽くす熱血コラム。OB目線の激励から時には喝も……熱き魂が炸裂する!

 前回、八木裕の幻のホームランの話をしてて真っ先に思い出した試合がある。《前回の記事はこちら》

 1978年の日本シリーズ第7戦や。このときもホームランか否かで試合が中断し、揉めに揉めた。

 日本一を懸けて戦ったのは広岡達朗監督率いるヤクルトと上田利治監督率いる阪急や。事件はヤクルトが1-0でリードした6回裏に起きた。

 大杉勝男さんの打球はレフトポール際に高々と舞い上がった。ボールが落ちたのはファウルゾーンやったけど、線審は「ポールを巻いた」と判断したわけや。

 この判定に対し、上田監督が執拗に抗議し、試合は1時間19分にわたって中断した。上田さんは放棄試合も辞さずの意思を示すために全選手をベンチに引き上げさせるし、最後はコミッショナーが仲裁に乗り出した。もちろん、判定が覆ることはなかった。

 それにしても長かったな。観客もテレビ観戦してるファンも嫌になったと思う。ただ、上田さんにも意地があったんやろう。上田さんといえば、5度のリーグ優勝と3度の日本一を果たした名将や。ワシのような凡人には理解できん理由があったとしか思えん。

 振り返れば、1978年はワシにとってもプロ野球にとっても転換となる年やったと思う。