■大量の演習、入試の多様化に疲弊する子供たち

 そもそも論になるが、中学受験はかつて「頭がいいから受験する」という、“一部の子供たち”のものだった。おおた氏は、中学受験をとりまく環境の変化を俯瞰する。

「2000年代に入ってからは、問題をパターン化して教材に落とし込むことがシステマチックに行われるようになりました。教材はそうしたパターンの数だけ分厚くなる。同時に社会全体が偏差値や学歴偏重になり過ぎた結果、本来勉強が得意じゃない子にも、“塾に行ってその量の教材をやらせる”という状況が蔓延するようになりました。

 野球にたとえていうなら、体の使いこなしのセンスのいい子だからこそ無理なくしなやかにホームランを打てていたものが、親が子供の限界もわからず、むやみに筋力トレーニングをさせて力任せにホームランを打たせるケースが増えたようなもの。もちろん、努力すれば目標に届くかもしれないという前向きな捉え方もできますが、一方で、勉強で頑張らせることが本当にその子にとっていいことなのかという議論が置き去りにされました」

 おおた氏は、「個々の子供に、“努力の最適値”があると思う」と話す。

「親や先生が、“この子はこのへんまで頑張れるかな”と判断して、その子なりに精一杯やればいいんだけど、大人がどうしても『上』を目指すように仕向けてしまう。その子にあった学校ならもっと勉強量は減らせるかもしれないのに、大量の塾のテキストや演習に対し、“やらないと受からない”という焦燥感が煽られる。ただでさえ小学生の限界を超えている勉強量を前にして、大切なのは“引き算”なのに、大人たちの不安のせいでどんどん“足し算”が行われる。数値で他人と比較することでしか生きていない大人たちが、子供のためによかれと思ってしていることが、子供を疲弊させている可能性があります」

 一見チャンスを広げてくれそうな入試の多様化も、子供の負担に拍車をかける。

「学校が何回も入試を行うんですよね。しかもトレンドは、受験料を◯万円払ってくれたら5回受けられます、というサブスク型の入試です。そのぶん新しい問題が毎年大量につくられるからいたちごっこが加速する。いろいろな学校を受けるチャンスが広がる一方で、それだけ過去問もやらなきゃいけない。実際、塾の先生が、“メリットに見えて、そのために受験生の負担が増えている側面はある”と話していました」

 おおた氏は「その子が充実した時間を過ごせて、結果として成長できるような中学受験の取り組み方が理想」だと話す。難化する中学入試問題が突きつけるのは、子供よりも親の姿勢のあり方かもしれない。

おおたとしまさ
1973年、東京都生まれ。麻布中学・高校出身で、東京外国語大学中退、上智大学英語学科卒。中高の教員免許を持つ。リクルートから独立後、教育関連の記事を幅広いメディアに寄稿、講演活動も行う。著書は『ルポ教育虐待』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『勇者たちの中学受験』(大和書房)など90冊以上。2月6日には新刊『中学へ旅立つ君へ』(実務教育出版)を刊行予定。