日本人選手には考えられないトンデモ行状で世間を騒がせてきた助っ人外国人選手も少なくない。今回は「記憶に残る」助っ人外国人選手を紹介していく。
“史上最悪”の悪名を轟かせた1973年ヤクルトのペピトーン以降は、「現役バリバリの大リーガーの触れ込みには要注意」が共通認識として加わった。
当時を知るスポーツ紙OBの重鎮記者も、こう話す。
「仮病で練習をサボる、無断帰国は朝メシ前。アキレス腱の故障を理由に試合を欠場して以降も、ディスコで踊り狂う様子がたびたび目撃されていましたしね。
結局、彼は日本での悪行三昧がバレて本国でも総スカン。引退を余儀なくされることになっています」
そんなペピトーンに比べたら、同じ大物大リーガーでも「神のお告げ」で退団した97年阪神のグリーンウェルは、ちゃんと会見を開いただけ、まだ律儀か。
当時、阪神のエースだった藪恵壹氏が振り返る。
「キャンプイン直後に一時帰国して、GWに再合流したと思ったら、すぐ退団。本当に一瞬すぎて、打ち解ける間さえなかったよ」
ちなみに、そのグリーンウェルには“ミスター・レッドソックス”の異名があったが、後年MLB入りした藪氏がボストンを訪れた際、現地での反応は「そんなの知らない」と、けんもほろろだったとか。
「当時はインターネットも普及前で、判断材料は名場面集のような売り込みのビデオと成績だけ。ロクに確かめもせずに、代理人の売り文句だけを鵜呑みにしていたんだから、そりゃ失敗もしますよ」(前同)