■ドーハの悲劇で涙したのは日本サッカー界の立役者
1993年5月、Jリーグが開幕。同年10月、カタールで行われたのが、アメリカW杯アジア最終予選だった。ここで日本はイラク相手にロスタイムで失点。予選突破目前で敗退した“ドーハの悲劇”だった。
「サッカーというスポーツの怖さを感じましたね。あの試合はテレビで見ていたんですが、解説を務めていたのは岡田武史だった。彼は試合が終わった瞬間、何も話せず、泣いていました。
でも、あれで日本代表に強さが生まれたと思いますよ。それこそ、その岡田が監督となって、次のW杯に行ったわけですから」(同)
“悲劇”から4年後の97年、日本代表はマレーシアで行われたフランスW杯のアジア最終予選でイランを破り、初のW杯出場を決めた。俗にいう“ジョホールバルの歓喜”だ。
この一戦について、やく氏の記憶に強く残るのが、延長戦で決勝ゴールを決めた“野人”岡野雅行(53)だ。
「岡野が点を決めたとき、長い髪をなびかせていましたよね。あれが槙野智章みたいな七三分けでは、印象が違っていたはず。なびく髪で強調された“野人性”に、日本人に決定的に足りなかった、殻を突き破る生命体の強さを感じました」
日本のW杯初勝利は、02年の日韓W杯。中田英寿(49)、小野伸二(46)ら4人のヨーロッパ組の活躍で初勝利を記録すると、その勢いのまま、決勝トーナメント初進出も決めたのだった。