■浅田真央が見せた魂の演技
同じく冬季の感涙物語といえば、14年のソチ五輪で浅田真央(35)が魅せた“涙のフリー演技”も外せない。
話は4年前、浅田が韓国のキム・ヨナと競ったバンクーバー大会にさかのぼる。
刈屋氏は「これは単なる点数争いではなく、“フィギュアとは何か”という問いかけでもあった」と語る。
「それぞれコーチの“思想”が異なっていたんです。キム・ヨナ陣営は、とにかく点数重視。これに対し、浅田サイドは“最高難度の技を組み込んだ芸術作品を作ることこそ女王の道”という発想でしたから」(前同)
はたして浅田はショートとフリーで代名詞のトリプルアクセルを3度決めたものの、ほんの少しのミスにより、キム・ヨナに敗れた。
「満を持して臨んだソチ大会でしたが、ショートの最初でトリプルアクセルに失敗すると、得意のジャンプが総崩れ。1位のヨナに19点以上の差を付けられ、16位に沈みました。メダル獲得は、絶望的でした」(前出のフィギュアライター)
迎えた、翌日のフリー。浅田は最初のトリプルアクセルを成功させると、すべてのジャンプを着氷させる。魂の演技で終えた彼女は、氷上で大粒の涙を流した。
「あの日、彼女が見せた会心の演技は、人生を懸けて追求した“芸術作品”の完成形だったと思います。メダルを超えたところで、最後に“アーティスト・浅田”の魂が氷上で結実したということでしょう」(刈屋氏)
98年、長野五輪のスキージャンプ・ラージヒル男子団体で起きたのは、“奇跡の日の丸逆転飛行”だった。
「4年前のリメハンメル大会で、金メダルを逃す大失速ジャンプを見せた原田雅彦(57)が、1本目で再び失敗。4位で折り返した日本チームに追い打ちをかけたのが、猛吹雪でした。
ここで中止になれば、1回目の順位で順位が決まってしまう危機に見舞われました」(前同)
その後、競技はなんとか再開され、2回目で原田は起死回生の137メートルの大ジャンプを見せる。そして、最後を託された船木和喜が125メートルを飛び、男子団体悲願の金メダルを獲得した。
画面の裏側にあるアスリートたちの“真実”。ミラノ・コルティナ五輪でも多くのアスリートが心に残る活躍を見せてくれるだろう。