■車輪のスポークで外道をひと刺し…斬新な設定の誕生秘話
番組ではその後林修氏も読んでいたことを明かすなど、一世を風靡した『ブラック・エンジェルズ』は、『週刊少年ジャンプ』(集英社)で1981年から1985年まで連載された、平松伸二氏(70)によるバイオレンス・アクション漫画。日本中を自転車で巡りながら、世にはびこる外道を車輪のスポークひと刺しで闇に葬る「黒い天使(ブラックエンジェル)」の活躍を描く。決め台詞は「地獄へおちろ」だ。
作品が40年以上の時を経て木村に言及されたことについて、作者の平松氏も2月18日に自身のXで《木村氏の好感度アップなのじゃ!(笑)》と、ネプリーグの画面キャプチャ画像とともに喜びと興奮が入り混じる投稿をしていた。
そこで本サイトは、平松氏を直撃! 同漫画にまつわるエピソードや、木村が愛読者だったことを知った想いを語ってもらった。
まず、平松氏は版元の集英社から、番組で書影の使用許諾確認があったことで、『ネプリーグ』で作品に触れられることは知っていたとのこと。リアルタイム視聴は見逃してしまったというが、「結構昔の作品なのに、嬉しかった」と喜びを語る。
――1972年生まれの木村さんは『ブラック・エンジェルズ』連載時に小学生。それぐらいの年齢で読んだ漫画って、いくつになっても印象に残っているものだと思います。
「そうかもしれません。たとえば僕は『巨人の星』や『あしたのジョー』で育ってきたので、そういう感じかなあと。並べるのは恐れ多いけど、木村さんの心に『ブラック・エンジェルズ』が何かしら響く存在として捉えてもらえているのかな、と嬉しかったですね」
――SNSでも懐かしむ声がありました。
「テレビでの放送だけでなく、誰もが参加できるようなSNSという場所でも話題が広まってくれるのは、時代ですよね」
――ユニークな設定の『ブラック・エンジェルズ』ですが、これはどういう経緯で?
「僕は1974年の『ドーベルマン刑事』で連載デビューしたんだけど、原作が武論尊さんで、僕は描画担当。それが終了したとき、当時の担当編集者さんから“いつまでも原作付きでやるな、絵も描けてストーリーも作れてこそ一人前だ、今はまだただの絵描きだ”と言われたんです。
そこで自分で話も作って描くなかで、自分の肌に合ってるなと思えたのが『勧善懲悪』というテーマでした。ただストレートな勧善懲悪は『ドーベルマン刑事』でやっていたのと、当時テレビでは、殺し屋たちの活躍を描く時代劇『必殺シリーズ』が流行っていたので、反体制の勧善懲悪をやろうと。かつ、どうせなら一箇所ではなく旅をしながらやろうと思って、自転車に乗りながら悪を倒すという設定が生まれました。そのうえで、自転車に乗りながら倒せる武器は何かなあと考えていたとき、そうだ、自転車のスポークがある! と思いついたんです」
――斬新すぎる。反響はどうでしたか。
「何かそれをヒントにして、事件が起きたらどうしようって心配していた、というのが本音です。実際、ときどき漫画や映画を参考にしたという事件があるじゃないですか。本当に起こったらシャレにならないので、編集さんと一緒にヒヤヒヤでしたね」
なお、20年からは『コミック乱』(リイド社)にて、設定を江戸時代に置き換えたセルフパロディ作品『大江戸ブラック・エンジェルズ』を2ヶ月に一回の隔月連載中の平松氏。「時代劇からヒントを得て始めた漫画だったけど、本当に必殺シリーズになっちゃった」と笑った。