阪神タイガースのレジェンド、“ナニワの春団治”こと川藤幸三が猛虎愛を語り尽くす熱血コラム。OB目線の激励から時には喝も……熱き魂が炸裂する!
ミラノ・コルティナ冬季五輪は、なかなかの盛り上がりやったな。しかも日本はメダルラッシュで、連日、テレビやネットのニュースに沸いた。こういうスポーツ話題で活気づくというのは、結構なこっちゃ。
ワシはオリンピックが始まると、決まって思い出すことがある。実はオリンピックの聖火ランナーを2度務めたんや。2度も走ったのは、プロ野球選手でもあまりおらんのとちゃうか。
最初は1964年の東京オリンピック。中学3年のときやった。聖火を持って走るランナーの伴走者の一人やったけどな。
野球部だったワシが駆り出されたのは、ワシが通う中学には陸上部がなかったからや。郡の陸上大会には決まってワシが代表で出た。短距離走や走り幅跳びで出て毎回、好成績を残した。
そのへんが評価されたんやろう。勉強はからっきしダメやったけど、飛んだり、跳ねたり、走ったりは得意中の得意やった(笑)。
2度目は1998年。長野で開かれた冬季五輪のときや。このときは福井県知事の指名やった。要するに有名人枠みたいなもんや。どの自治体もスポーツ選手や芸能人が選ばれた。
引退して12年。不摂生がたたって、足腰はガタガタやった。それでも、ぶっつけ本番で聖火ランナーの大役を全うした。10キロ走れと言われたら困るけど、走ったのは1キロもなかったしな。
それに、ワシの周りを中学生や高校生が伴走してるから、カッコ悪いところは見せられへん(笑)。
それにしても、なんでワシなんかに聖火ランナーの役が回ってきたのか。