■大谷翔平への憧れが野球の未来に繋がる
理由の一つは福井県にプロ野球選手が少なかったからやと思う。1986年にワシと高橋里志さん(元・広島)が引退して以後、数年間は福井県出身のプロ野球選手が途絶えた。
けど、今は違う。ヤクルトの中村悠平、ソフトバンクの栗原陵矢、メジャーで活躍する吉田正尚(レッドソックス)と、たいそうな顔ぶれがそろった。
思えば、日本野球を取り巻く景色はすっかり変わった。ワシが東京オリンピックで走った頃なんて、日本人選手がメジャーに行くようになるとは誰も思わんかった。そんな発想さえなかったからな。まあ、長嶋さんだけは本気でメジャー行きを考え、実現の可能性もあったようやけど。
確かに、当時も日米親善野球なるシーズンオフのイベントがあった。でも、向こうは観光旅行で日本に来てるようなもんやから、真剣に日本のチームと戦ってたわけやない。それは誰の目にも明らかやった。
それが長野五輪の頃には大きく変わりつつあった。すでに野茂英雄がドジャースで活躍してたし、長野五輪の数年後にはイチローや松井秀喜が海を渡った。
それから20年以上が経過し、今や大谷翔平のようなメジャーの歴史を変えるようなスーパースターが現れた。メジャーで1番ということは世界で1番ちゅうことやからな。ホンマに、すごい時代になったで。
野球少年が大谷翔平に憧れるのは当然のこっちゃ。そんな少年たちが日本の野球の未来を築いていく。ワシは日本の野球はさらに進化し、強くなると信じとる。まずはWBCや。なんとしてでも連覇せんとな。頑張れよ、侍ジャパン!
川藤幸三(かわとう・こうぞう)
1949年7月5日、福井県おおい町生まれ。1967年ドラフト9位で阪神タイガース入団(当初は投手登録)。ほどなく外野手に転向し、俊足と“勝負強さ”で頭角を現す。1976年に代打専門へ舵を切り、通算代打サヨナラ安打6本という日本記録を樹立。「代打の神様」「球界の春団治」の異名でファンに愛された。現役19年で1986年に引退後は、阪神OB会長・プロ野球解説者として年間100試合超を現場取材。豪快キャラながら若手への面倒見も良く、球界随一の“人たらし”として今も人望厚い。