教科書には載っていない“本当の歴史”――歴史研究家・跡部蛮が一級史料をもとに、日本人の9割が知らない偉人たちの裏の顔を明かす!
将軍を傀儡(かいらい)となし、鎌倉幕府を動かしていたのは北条氏。
中でもその嫡流(ちゃくりゅう)を得宗(とくそう)といい、最後の得宗となった高時(たかとき)は「すこぶる亡気(ぼうき)の体」(『保暦間記』)、すなわち、絶えず虚ろがちで、田楽と闘犬に興じて政務をおろそかにしていた(『太平記』)。
『増鏡』によると、「長崎入道円喜(俗名高綱)という人物が世の中の大小事を心の儘にした」というのである。
しかし、長崎氏はあくまで得宗家に仕える被官(ひかん)(家臣)という立場。得宗家の執事(内管領という)に過ぎない。
つまり、幕府の事実上のトップ(得宗)も家臣の長崎氏の傀儡となり果て、円喜入道および嫡男高資(ちゃくなんたかすけ)の専制政治が御家人らの不満を買って幕府の滅亡を招いたというのが通説だ。
本当に、この二人だけに幕府滅亡の責任を負わせるべきなのか。