教科書には載っていない“本当の歴史”――歴史研究家・跡部蛮が一級史料をもとに、日本人の9割が知らない偉人たちの裏の顔を明かす!

 つれづれなるままに綴られた『徒然草』は、独特な人生観で人々を魅了し、日本を代表する古典文学になっている。作者は蔵人(宮中の秘書官)などとして朝廷に仕えた吉田兼好。吉田神社の神官の家系である吉田流卜部(うらべ)氏の一族であることから、そう呼ばれる――と思われてきた。

 ところが、その通説の見直しが進み、彼が「吉田」でなかった疑いが生じ、それどころか、無位無官だった可能性まで浮上してきている。

 彼が二条流の歌人で、南北朝時代が幕を開ける直前に『徒然草』を書いたのは事実としても、(1)吉田でなければ、いったい何者なのか(2)無位無官なら、どのように生計を立てていたのか――などの疑問が湧く。

 まず(1)吉田でなければ、いったい何者なのか

 通説だと、彼は吉田神社の神官を兼ねる兼顕の子として生まれ、家司(けいし)として仕えた公家の堀川家が後二条天皇の外戚となったので六位の蔵人として朝廷に出仕。やがて従五位下左兵衛佐へと昇進する。その後、出家して俗名の兼好(かねよし)を音読みにして「けんこう」法師となった。