■「勝ちたい」という気持ちが目に表れていた
――大関・安青錦の入門前を振り返ろうと思います。2022年に来日して、関西大学や報徳学園高校相撲部で相撲の練習をしていた安青錦青年を、報徳学園高の福田(耕治)元監督から紹介されたそうですね。
安治川:最初はお断りしようと思っていたんですよ。まず、私が安治川部屋の師匠になって間もなかったこと。部屋にまだ力士が1人しかいない中で、外国出身の青年を受け入れるのは大変なんじゃないかと思ったんです。
ところが直接、安青錦と対面してみたら、「勝ちたい」という気持ちが目に表れていたんですね。あの目にヤラれましたよ(笑)。福田監督からも、真面目で賢い青年だと聞いていたこともありましたしね。
そして一度、国技館に連れて行ったら、「国技館の土俵が美しい。ここで相撲を取りたい」と安青錦が言ったんです。「本当に力士になりたいんだな」と熱心さを感じたところも、入門のポイントでした。
――外国出身者の場合、半年間の研修期間を経て、正式入門となりますが、23年9月に初土俵を踏んでから、トントン拍子の出世ですね。
安治川:今でこそ体重が140キロに増えましたが、入門前は100キロに届かないほどだったんですよ。だから、まずは食べて体を作ること。そして、四股、テッポウ、すり足などを中心とした基礎運動を中心とした指導をしてきました。
「食」はもともと細いほうでしたけど、最初から、なんでも食べていましたね。(東京の安治川)部屋の近所に私がよく行く焼肉屋があるのですが、安青錦をよく連れて行きました。焼肉はタンとかロースとか、あっさりしたものが好きなんですよ。
大関になった今でも、一緒に連れ立って食事に行ったり、酒を飲んだりしています。あと最近、近所にウクライナ料理店が開店して、「(ボルシチなどの)家庭料理が食べられる」と、安青錦も喜んでいます。
――昨年、大関に話をうかがったとき、「部屋での生活は快適」だと言っていましたが、親方、おかみさんの配慮が素晴しいですね。
そして、親方の期待に応えるように、大関は序ノ口から負け越しなしで十両に昇進。25年春場所、新入幕を果たしてからは、2桁勝利が続いていますね。
安治川:まあ、私としても、ここまで順調に出世すると思っていたわけではなかったんですよ。大関になった今も、部屋での稽古は、相撲の基礎に重点を置いています。
そして、本人が体を鍛えるのが好きなので、ジムでのトレーニングも実践しています。プログラムはトレーナーに任せていますが、昨秋のロンドン公演のときも、現地でジムを見つけて筋トレをしていたという話を聞いて、私も驚きました。
【後編】「春場所では大の里にも真っ向勝負させますよ」ウクライナ発“最強大関” 安青錦を育てた安治川親方インタビューでは、安青錦関が日本語に向き合う姿勢や、大関昇進伝達式の「口上」秘話。春場所でのライバルたちとの取組予想を安治川親方が語りつくす。
安治川親方
1978年、青森県西津軽郡深浦町生まれ、伊勢ヶ濱部屋。師匠の伊勢ヶ濱親方(元横綱・旭富士)は親戚、父は元青森県相撲連盟会長、兄は元幕内の安壮富士という相撲一族。
小1から相撲を始め、青森・鰺ヶ沢高から、兄と同じ安治川部屋に入門。97年初場所で初土俵を踏む。
右ひざの靱帯断裂という大ケガを乗り越え、2007年に自己最高位となる関脇に昇進。
37歳で迎えた2016年には左アキレス腱を断裂し、十両へ陥落するも、2017年には史上最年長の39歳で再入幕を果たす。
2019年7月場所、40歳で22年を超える力士生活に別れを告げた。三賞受賞は歴代10位の12回(殊勲4、敢闘2、技能6)。獲得金星は8個。
2021年に早大大学院スポーツ科学研究科の修士課程1年制に入学。