■ワシはこれからも野球と共に生きる
例えば、カネさん(金田正一)はピッチャーが本職でありながら、通算で400本以上のヒットを打ち、通算本塁打もワシの倍以上打ってるからな(川藤は16本、金田は38本)。一流選手、二流選手という言葉があるけど、ワシなんかは三流以下やで。
それでも、こんなワシの姿に励まされたというファンがいるから、世の中というのは面白い。
「川藤さんを見て、いろんな生き方があるんだなと分かりました。会社員は肩書や年収といった基準で判断されがちです。でも、仕事の生きがいは、それだけじゃない。川藤さんが代打という仕事に自分の生きる道を見い出したように、私も今の地味な仕事に生きがいを感じています」
ワシの人生観が変わったのはアキレス腱をケガしてからや。走れない、守れない。じゃあ、どうするか。悩んで出した結論がバット一振りに賭ける人生やった。
つまり、自分の置かれた環境を360度に広げて見たわけや。30度、40度の狭い範囲で見てたら、ドツボにハマるだけや。
そして、こんな発想ができたのは、野球が好きで好きでしょうがなかったから。ワシには、この世界しかない。だから、ない頭を絞って自分の進む道を見つけた。
おかげでユニフォームを脱いだ後も、解説者の仕事にも就くことができた。こうしてピンズバNEWSの連載も続けられた。長いこと、ワシの話につき合ってくれて、今は感謝しかない。皆さん、ホンマにありがとう!
気がつけば、ワシも今年で喜寿や。プロに入ってから数えると、60年に近い。要するに、プロ野球人としては還暦やな。でも、この先も野球に関わり続けることは変わりない。
もし、どこかでワシを見たら、気楽に声をかけてくれや。一見、コワモテやけど、中身は心の優しい、ナイスガイやから(笑)。
川藤幸三(かわとう・こうぞう)
1949年7月5日、福井県おおい町生まれ。1967年ドラフト9位で阪神タイガース入団(当初は投手登録)。ほどなく外野手に転向し、俊足と“勝負強さ”で頭角を現す。1976年に代打専門へ舵を切り、通算代打サヨナラ安打6本という日本記録を樹立。「代打の神様」「球界の春団治」の異名でファンに愛された。現役19年で1986年に引退後は、阪神OB会長・プロ野球解説者として年間100試合超を現場取材。豪快キャラながら若手への面倒見も良く、球界随一の“人たらし”として今も人望厚い。