相撲界の内情や制度、騒動の行方を、元関脇・貴闘力が現場目線で読み解く。経験者だから語れる、大相撲のリアルが詰まったコラム。
荒れ模様だった大相撲春場所が終わって、3月29日の伊勢神宮奉納相撲から、春巡業が始まっている。
関西、北陸、そして関東……。またもや1か月に渡る長旅だ。
オレらが現役のときと違って、今はホテルに泊まれたりと、待遇面では改善されているとはいうものの、現代の力士に、この長旅は酷だよ。
何より、ケガを治すヒマがない。ベテランの中には、治療のために理由をつけて、巡業を休場する力士もいるほどだ。
あんまり力士を引っ張り回すと、「主役」の力士が壊れちゃうよ!
そして、春場所中に訃報が届いた。元大関・若嶋津の日高六男さん(元二所ノ関親方)が、69歳で亡くなられたのだ。
鹿児島県種子島の出身。現役時代は、長身、細身で浅黒い肌から、「南海の黒ヒョウ」というニックネームで大人気。
なんと言っても、人気歌手の高田みづえさんと結婚したときは、オレたちも驚いたものだ。
若嶋津関は、オレの師匠藤島親方(当時、元大関・貴ノ花)の、二子山部屋時代の弟弟子にあたる。若嶋津関は、大関・貴ノ花に憧れて力士の道に進んだそうだが、貴ノ花の藤島親方は引退後、二子山部屋から独立。藤島部屋を創設して、2年目の昭和58年春場所、オレは入門した。
出来立ての藤島部屋には、若い力士しかいない。ところが、本家・二子山部屋には、横綱・隆の里関(のち鳴戸親方)、大関・若嶋津関ほか、多くの関取衆がいた。特に、横綱の付け人は10人くらい必要なため、他の部屋から若い衆を借りなければならない。