■日本人は下を向かず誇りを持って歩こう
最終的に94年アメリカW杯に行けませんでしたが、そのことは「まだまだそこまで至っていない」という神様のメッセージだと捉えています。ただ、韓国に勝って、あと一歩までというところまで到達した。それは、国民全体の力、愛国心の賜物だと感じています。
実際、当時の日本サッカー界は韓国にコンプレックスを抱えていました。私が90年に代表入りした頃は日韓戦で逃げ腰になっていた選手もいました。初めて勝ったのは92年のダイナスティカップ決勝。PK戦でしたが、あの時の喜びは忘れられません。そして93年のドーハでも素晴らしい内容で勝利しました。直前にイランに負けたこともあり、報道陣も「日本はもう終わりだろう」というネガティブな雰囲気でしたけど、自分たちは結果で示すことができた。応援してくれた人たちの喜びは大きかったでしょうし、自信とプライドを深めたはずです。
正直、あの頃の日本代表は他国から「上から目線」で見られているところがあったと思います。私はブラジルから来たので、そう強く感じました。
一方で「私のような元ブラジル人の選手が日本人になって、誇りと愛国心を持って戦っているのに、なぜ日本人がそれを持たないのか」と疑問に感じたこともありました。「日本人は下を向いて歩くことはない。上を向いて誇りを持って歩くべきだ」という思いも強まっていました。
それから30年以上の時間が経過し、サッカーでも中田英寿さん、中村俊輔さんが世界で名を馳せるなど、多くの選手が実績を残しました。歴史を積み重ねた今、日本人はもっとプライドを持っていいと思います。「日本はすごいんだ」とみんなが自覚して、W杯に挑む日本代表を応援してほしい。それが私の切なる願いです。
ラモス瑠偉(らもす・るい)
1957年2月9日生まれ。ブラジルのリオ・デ・ジャネイロ出身。77年に来日し、読売サッカークラブ(東京ヴェルディの前身)でプレー。攻撃の核として5度の日本リーグ優勝に貢献し、得点王を2回、アシスト王を3回獲得した。93年にスタートしたJリーグでもヴェルディ川崎の中心選手として活躍。チームを初代王者、さらに連覇に導くとともに、自身は2年連続でベストイレブンに選出されるなど、Jリーグの草創期を支えた。89年に日本に帰化して日本代表でもプレー。司令塔としてアジアカップ初優勝をもたらし、94年W杯予選でもチームをけん引したが、あと一歩というところで本大会の出場権を逃した。98年に現役引退。指導者としては古巣の東京VとFC岐阜で指揮を執り、ビーチサッカー日本代表の監督としてW杯で世界を凌駕する活躍を見せた。国際Aマッチ通算32試合1得点。2018年、日本サッカー殿堂入り。
ラモス瑠偉公式サイト:http://www.ramos.jp/
(本連載取材協力:KAKU SPORTS OFFICE)