■“ぬいぐるみを手放せば終わり”という話ではない

 そうした園の努力の甲斐もあって、パンチくんは群れ入りを開始したが、それはゴールではない。むしろ、本当の試練はそこからだ。

 市川市動植物園の安永崇課長は次のように話す。

「まだ、お友達の猿が増えてきたとはいえ、群れのすべての猿と関係性を築いて生活できているわけではありません。つまり、まだ群れの中では、おっかなびっくりという感じで、精神的に安定性がまだ欠けている状況だと思っています」

 園が見据える先も、単純に“ぬいぐるみを手放せば終わり”という話ではない。

 そのことを示す前例がある。同園で2008年に生まれたメス猿のオトメだ。オトメもまた、ぬいぐるみを使いながら群れ入りし、1歳を過ぎて群れに合流。その後は出産と育児を経験し、現在も猿山で暮らしている。なお、オトメが寄り添っていたのは、リラックマのぬいぐるみだった。

「オトメも同じように、ぬいぐるみを使いながら群れに入っていきました。ぬいぐるみから離れるまでには、1年以上かかりましたが、その後は猿山での暮らしに順応していきました」(前同)

 パンチくんもまた、今はまだ群れの中で完全に落ち着けているわけではない。園が目指しているのは、ぬいぐるみを手放す瞬間そのものではなく、パンチくんが群れの一員として無理なく居場所を得て、日々の営みを重ねていける状態だ。

「パンチが群れの中でいろんな猿と関係性を持ち、群れの子猿としてのルールを習得して、他の猿とも、ときにはいたずらをしたり、されたりする。そうしたことが当たり前の光景になって、パンチが堂々とその生活を送れるようになった状態が、一つの到達点だと思います」(同)

 ぬいぐるみにしがみついて命をつないだ一匹が、いつか猿山で“当たり前の一匹”になれるのか。パンチくんの挑戦は、まだ続いている。

【後編】徐々にではあるが、群れの中での生活に慣れてきたパンチくん。だが、フィーバーの余波は思わぬところに波及していた。その詳細を市川市動植物園の安永崇課長が話してくれている。

《【後編】はこちらから》

取材協力:市川市動植物園 
[住  所] 動物園 〒272-0801 市川市大町284番1
[開園時間] 午前9時30分から午後4時30分(ただし、入園は午後4時まで)
[休園日] 毎週月曜日(祝日と重なった場合は翌日)、年末年始
[公式ホームページ] https://www.city.ichikawa.lg.jp/site/zoo/