1番から9番まで息つく暇ない猛打。圧倒的な打力で相手投手の心を折る。そんな打撃にファンは熱狂した。

 今年1月に開催された、12球団監督会議における新庄剛志監督の「ちょっとボール飛ばなくね?」発言が奏功したのか、昨季までの極端な“投高打低”に、今季は地殻変動が起きている。

「その最たる例が、チーム本塁打数で12球団トップを爆走する新庄監督の日本ハムです。開幕から14試合で26本は、2004年の巨人が記録した歴代1位の259本をも上回るペース。

 一時は年間300本ペースも上回っており、記録がどうなるかに注目です」(スポーツジャーナリスト)

 清宮幸太郎(26)、万波中正(26)、野村佑希(25)ら中心メンバー以外も脅威的な打力を誇る今季の日ハム。そこには新庄監督によるミラクルがあった。

「監督は選手に対し、“ホームランより二塁打を狙え”と指導しているそうですが、言葉の裏には、ただ大振りするのでなく、ボールを弾くように強く打ってほしいという思いがあるそうです。

 事実、ホームラン激増の現状に“試合中、何もしなくていい”と、ご満悦ですから」(球団関係者)

 野球は打ってナンボ。球史を振り返っても強いチームには強力な打線があった。

 チーム本塁打数で歴代ダントツのトップに君臨する04年の巨人。世に言う「史上最強打線」。当時の長嶋茂雄監督による命名だ。

「元本塁打王のペタジーニに、この年はT・ローズと小久保裕紀も新たに加入。ベンチには清原和博も控え、他球団の4番経験者が並んだ打線は、ミスターの“欲しい欲しい病”の完成形とも言える抜群の破壊力を見せました」(ベテラン記者)

 ただ、03年に20勝を挙げ、沢村賞に輝いた元阪神の投手・井川慶氏は、こう言う。

「個人的に、ペタジーニらを得意にしていたので、そこまで怖さはありませんでした。僕が度肝を抜かれたのは03年のダイエーです」

「ダイハード打線」と称された打線は、本塁打こそ154本と少なかったが、チーム打率2割9分7厘は、1999年横浜の“マシンガン打線”を抜いて、歴代1位。

 中軸に座った井口資仁、松中信彦、城島健司、バルデスの中軸4人で、史上唯一となる“100打点カルテット”を形成した。

 井川氏は、こう続ける。

「ミーティングでも“9番の鳥越裕介さんでアウトを取れなかったら終わりだぞ”と言われましたが、本当に、その通り。最初は“パ・リーグ投手陣がかわす投球をしないだけだろ”とも思っていましたが、全然かわせませんでしたね」

 当の井川氏も、先発した日本シリーズ第1&4戦で、城島、松中から被弾。

 結局、チームも3勝4敗で敗れ、85年以来の日本一を逃すことになった。

「城島さんには、ふだんなら絶対にファールになる球を広い福岡ドームで簡単に運ばれた。松中さんには振らないと見越して置きにいった初球のカーブを、思いっきり振り抜かれた。あれは本当に衝撃でしたね」

 阪神の歴代最強と言えば、やはり85年。

 藤村富美男らのいた創成期にあやかり、「新ダイナマイト打線」とも呼ばれた強力打線は、“バックスクリーン3連発”のバース、掛布雅之、岡田彰布に加えて、1番の真弓明信までもがキャリアハイを更新。3割30発をクリアした。

「余談ですが、1リーグ時代の元祖ダイナマイト打線は、7回裏になるとベンチ裏で丸めた新聞紙に本当に火をつけて、“さぁ、ダイナマイトの爆発だ”と験を担いでいた。“○○打線”という呼び名も、このときの阪神が初でした」(元スポーツ紙記者)