■相続で何よりも大切なのは“準備”
――現状、太田家では息子2人にかかる相続税の負担額が約110万円です。この負担額を下げることはできないのでしょうか。
今回のケースでは、ご子息2人にかかる相続税はそれぞれ約110万円とされていますが、生前贈与を計画的に活用することで、その負担を大きく軽減し、結果としてゼロに近づけることは十分考えられます。代表的なのが暦年贈与で、受贈者ごとに年間110万円までであれば、原則として贈与税はかかりません。
もっとも、注意したいのは、110万円の相続税をなくすために110万円を1回贈与すれば足りる、というわけではないという点です。相続税は税額そのものを直接減らすのではなく、将来の相続財産を減らすことで結果として税負担を下げる仕組みです。そのため、実際にどの程度の贈与が必要かは、相続財産全体の額や、誰にどの財産を承継させるのかによって変わります。
また、現在の制度では、相続開始前の一定期間に行なった贈与は相続税の計算上持ち戻しの対象となり、令和13年1月1日以後の相続では原則として死亡前7年以内の贈与が加算対象になります。したがって、生前贈与を使うのであれば、相続直前に慌てて行なうのではなく、できるだけ早めに、毎年継続して、記録を残しながら進めることが重要です。
―― 生前贈与以外に有効な相続税対策はあるのでしょうか。また、生前にマンションの名義人を変更するなどの手段は有効な相続税対策となるのでしょうか。
相続時に使える制度を整理して検討することが大切です。相続税の実務では、配偶者が財産を取得した場合に使える配偶者の税額軽減や、自宅敷地について評価額を大きく下げられる可能性がある小規模宅地等の特例が重要なポイントになります。今回のように、相続財産が現金と自宅マンションで構成されているケースでは、むしろこうした制度の活用を前提に考える方が現実的です。
一方で、自宅マンションの名義を生前に妻や子へ移すことは、税務上は慎重に考えるべきです。一般に、いわゆる「名義変更」であっても、実質的には贈与や売買として取り扱われるため、贈与税、譲渡所得課税、不動産取得税、登録免許税など、複数の負担が生じる可能性があります。節税のつもりで行なった結果、かえって生前の税負担や手続負担が増えることもあるため、安易には勧めにくい方法です。
なお、配偶者への自宅の承継については、婚姻期間など一定の要件を満たせば、贈与税の配偶者控除の特例が使える場面もあります。ただし、これは税務だけで完結する話ではなく、登記や権利関係、将来の二次相続まで含めた検討が必要になります。したがって、実務上は「今、名義を変えるべきか」ではなく、「一次相続・二次相続を通して家族全体の負担がどうなるか」を見ながら判断することが重要です。
――相続をする上で気を付けるべき点、意識した方がよいポイントなどがあれば教えて下さい。
社会の高齢化が進む中で、相続に関する相談は今後さらに増えると思われますが、実際に問題になりやすいのは「税金そのもの」より、むしろ準備不足です。相続税は高額事例だけが目立ちやすいため、必要以上に不安を感じる方も多いのですが、一般的なご家庭では、基礎控除や各種特例を踏まえると、必ずしも過大な負担になるとは限りません。相続税は、相続財産が基礎控除額を超えた場合に初めて課税される仕組みです。
それよりも大切なのは、誰が何を引き継ぐのか、配偶者の生活をどう守るのか、家族間で不公平感が生じないかといった点を、生前から整理しておくことです。特に自宅不動産が相続財産の中心になる場合は、住み続ける人と納税資金を負担する人が一致しないこともあり、税額以上に家族の調整が難しくなることがあります。そのため、財産の内容を把握し、通帳・保険・不動産資料などを整理し、必要に応じて専門家に相談しておくことが重要です。
相続対策というと「節税」が先に語られがちですが、本質は家族に負担を残さない準備にあります。税金を減らすことだけでなく、納税資金をどう確保するか、相続後の生活をどう支えるか、家族が揉めずに手続を進められるかまで含めて考えておくことが、結果的には最も実効性の高い相続対策だと思います。
税理士、行政書士。税理士法人アクシア代表社員。2001年に曽根税理士事務所を開業し、2017年に税理士法人アクシアを設立。中小企業の税務・経営支援に加え、相続・事業承継分野にも幅広く携わる。住宅・金融・企業向けの講演や税務相談の実績も豊富で、FM FUJI「LIFE CROSSING」にレギュラー出演中。
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