■広島・新井監督や中日・井上監督の采配には疑問符が…
そんな巨人を尻目に、さすがの強さを見せる阪神は、昨年来、指摘され続けている藤川球児監督の“人望のなさ”だけがネック。
「関西メディアとの“持ちつ持たれつ”が自身の食いぶちにも直結する他のOBとは違い、藤川自身は、そこまで地元・関西への執着がない。故・星野仙一元監督を師と公言するなら、マスコミ操縦のうまさも見習ってほしいですけどね」(在阪スポーツ紙阪神担当記者)
他方、人望では他の追随を許さない広島・新井貴浩監督は、その人柄をよく知る地元ファンでさえもあきれるほどの采配ベタ。
18日の本拠地DeNA戦では、6回まで好投の新外国人・ターノック(27)を引っ張り炎上。5位転落の逆転負けを喫している。
「勝負勘に乏しいのか、いざ試合となると後手を踏む感が拭えない。そんな空気をファンも敏感に察知しているのか、今季は土・日こそ満員ですが、平日はマツダでも空席が目立ちます」(前出のスポーツジャーナリスト)
その広島と同様、現状は下位に低迷するDeNA・相川亮二監督は、さすが捕手出身だけあって、采配自体は「堅実」との評価。
彼の現役時代を巨人ベンチから見ていた前出の伊原春樹氏も、「物足りなさは感じるが」としつつ、こう話す。
「就任初年度ながら、ベンチでも浮わつくことなく冷静に采配できている。ただ、打線の顔ぶれを考えれば、もう少し覇気を出したほうが勢いも出る。池山のようになれとは言わないけど」
とはいえ、他に先駆けてデータ野球を標榜してきたDeNAでは、経験に裏打ちされた監督の“采配力”より、アナリストの弾き出す数字こそが重みを持つ。
「それらを受け入れて、現場との調整役に徹することができる人材でなければ、DeNAの監督は務まらない」と、内情を知る関係者の一人は、さらに言う。
「実際、相川さんには何の権限も与えられていない。いわば、究極の中間管理職タイプ。出しゃばることもない代わりに、自ら仕掛けて選手を焚きつけるようなこともしない。そこは当人も割り切って引き受けたんだと思います」
残る中日は、故障者続出で苦しい展開。率いる井上一樹監督には、評論家たちからも同情的な声すら聞こえるが……。
中日コーチ時代に親交のあった前出の秦真司氏は「あくまで推測だが」と前置きしたうえで、こう指摘する。
「目指す野球は、コーチに裁量を与えて託す落合さんのやり方に近いが、肝心のコーチ陣に、その引き出しがあるのかどうか。現状は救援防御率が6点台に迫るほど後ろが不在。なのに今も先発は、決め事のように100球前後で代えている。そのあたりは、ちょっと疑問符が付きますよね」
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秦真司(はた・しんじ)
1962年7月29日生まれ。徳島県鳴門市出身。鳴門高等学校から法政大学に進学。84年、大学4年生のときに日本代表としてロサンゼルスオリンピックに出場し、金メダルを獲得。翌年ヤクルトスワローズに入団し、88年に正捕手の座を掴んだ。古田敦也選手の入団後は外野手に転向し、勝負強い打撃でチームに貢献。ヤクルトスワローズが6年間で4度の日本一(92~97年)に輝いた黄金時代に選手会長を務めるなど(93年)中心選手として活躍した。その後、日本ハムと千葉ロッテを経て、引退後は千葉ロッテの打撃コーチや中日ドラゴンズのコーチも務めた。2008年には独立リーグ・群馬ダイヤモンドペガサス監督に就任。読売ジャイアンツでは、一軍と三軍でバッテリーコーチを経験している。
伊原春樹(いはら・はるき)
1949年1月18日、広島県甲奴郡上下町(現・府中市)生まれ。北川工高(現・府中東高)から芝浦工大を経て、ドラフト2位で71年西鉄ライオンズに入団し、内野手として活躍。76年から巨人に移籍したが、78年にライオンズ復帰。80年限りで現役を引退し、翌年から99年まで西武で守備走塁コーチなどを務め、黄金時代を築いたチームの名3塁コーチとして勝利に貢献。2000年の阪神コーチ、01年の西武コーチを経て、02年に西武監督就任1年目でリーグ優勝を果たす。04年にはオリックス監督、07年から10年まで巨人ヘッドコーチ。14年の西武監督など歴任し、通算14回のリーグ優勝、7回の日本一を経験している。