教科書には載っていない“本当の歴史”──歴史研究家・跡部蛮が一級史料をもとに、日本人の9割が知らない偉人たちの裏の顔を明かす!

 江戸時代を代表する名奉行の一人、に大岡越前がいる。時代劇でおなじみの幕府旗本だ。実名を忠相(ただすけ)といい、伊勢の山田奉行時代の実績が八代将軍・徳川吉宗の目に止まり、享保二年(1717)、41歳で江戸南町奉行に就いて越前守を称す。40代の若さで町奉行の要職にあずかるのは異例だ。しかも、在職は19年という長きに及んだ。

 その間、彼の名裁きは幕末・明治になって人情味あふれる『大岡政談』として刊行されるが、そこに収載される話の多くは中国における判例や日本の実録小説などをネタに再構成したものだとされる。つまり彼が名奉行でなかったとまでは言えないものの、「三方一両損」(三者が損して問題を丸く収めること)などの有名な逸話はフィクションだったわけだ。

 彼が名奉行とされたのは、刑の連座制廃止や拷問の軽減などで庶民に受け入れられたことのほか、将軍・吉宗が断行した「享保の改革」に果たした実績が名奉行として投影される素地になったと考えられる。では、吉宗の改革に、どんな実績を残したのか。意外に知られていない幕府官僚としての素顔に迫りたい。