■忠相の物価高対策
まずは現代の国政でも重要課題になっている物価高対策。ただし、江戸時代のそれはコメを除く諸色(しょしき)の高騰だ。米価については幕府・旗本・諸藩・藩士に至るまで年貢米や俸禄米(ほうろくまい)を売って、そのカネで財政もしくは生活に充てることから、その下落は死活問題。当時、米価が下がり、そのほかの諸色が高騰。いわば、賃金が下がり、支出が増えるわけだから、とくに武家の生活は苦しかった。
そこで越前は生活必需品を含む22品目を取り扱う問屋らに組合を作らせ、物価統制を図ろうとした。なかには不当な儲けを貪ろうとする商人もいたらしく、越前は灯油を不当に釣り上げたとして油問屋らに金1000両余の過料を課している。
また、銀貨高騰を是正するため、幕府は貨幣の改鋳に踏み切った。江戸は金貨中心経済で上方は銀貨中心だから、上方から江戸へ銀貨が流れ込み、諸色高騰の原因ともなっていたのである。ところが、江戸の両替商が良質な銀貨を退蔵(隠し持つこと)し、新旧銀貨の交換が進まず、逆に銀のレートが上昇したのだ。
そこで越前が両替商を残らず奉行所へ呼び出したところ、本人は出頭せず、名代に手代らを遣わした。そこで越前は手代らを伝馬町(牢屋敷)送りにしたのだ。
両替商は抗議の意味で店を閉めたが、越前が叱りつけ、店を開けさせた。可哀そうなのは手代たちで、彼らは結局、53日間、牢に留め置かれたという。
このあたり、『大岡政談』とは異なる果断さを覗かせているが、物価下落へ果敢に挑む姿勢が後世の評価につながったのかもしれない。
跡部蛮(あとべ・ばん)
歴史研究家・博士(文学)。1960年大阪市生まれ。立命館大学卒。佛教大学大学院文学研究科(日本史学専攻)博士後期課程修了。著書多数。近著は『今さら誰にも聞けない 天皇のソボクな疑問』(ビジネス社)。