6月3日は、昨年89歳で世を去った“ミスター”長嶋茂雄・巨人軍終身名誉監督の一周忌だ。

「直前の5月25日に現役の監督(阿部慎之助氏)が逮捕されるなんて、球団創設以来の一大事。今こそ、誰からも愛された長嶋さんの太陽のような魅力に学び、再建を図らねばなりません」(元・スポーツ紙巨人担当記者)

時代は変わっても、ミスターの輝きは永久に不滅。その功績を「名・珍カルタ」で振り返っていこう。

 まずは監督時代のミスター。試合では、逃げずに立ち向かう闘志を何より重視した。

 若き日の角盈男氏や、西本聖氏らを叱咤した“す”の札の逸話も、その現れ。角氏は、ミスターの負けず嫌いな“闘将”ぶりをこう証言する。

「遠征先で負けたときなどは、バスに乗り込んでから悔しさを思い出すんでしょうね。備え付けのカーテンを引きちぎって、あとでマネージャーが弁償した、なんてこともありました」

 また、ナゴヤ球場での中日戦では、角氏がこんな光景を目撃していた。

「その日はベンチで壁を蹴飛ばしたり、大暴れ。試合後にふとトレーナー室を覗いたら、監督が一人こっそり、足に湿布を貼っていた。その姿を見たときは失礼ながら“かわいいな”と(笑)」

 監督として通算1034勝を記録する名将でもあり、俗に“勘ピュータ”とも称された人並み外れた勝負勘は、ときに“予言”のようでさえあったという。

 デーブこと大久保博元氏が証言する。

「たとえ0対5で負けていても“全然まだいけるよ”と監督が言うと、本当に逆転したりする」

 角氏も、当時の心境をこう明かす。

「外野フライで1点という場面で“これじゃ打てませんよー”なんて言うと、不思議とその通りになる。自軍の投手にも“バランス悪いね。見ててごらん。次、打たれますよー”とか言って、本当に打たれたりね。

 だから、当時ベンチにいた面々は、みんな思っていたと思いますよ。“分かってるなら、代えればいいのに”って(笑)」